西日に要注意
「全員、その場で手を挙げてもらおうかいな」
やっぱりこんな怪しい事務所に来るんじゃなかった……。
恐らく本物であろうピストルの銃口を突き付けられながら、私の後悔は募るばかりである。思えば人生で私の取るイレギュラーな行動が、良い結果を生んだ試しなど無かったではないか。
§
生まれつき体が弱かった私は、学校というものに毎日通うことが困難だった……なんてことはなく、ごく普通の生活を中学卒業まで送っていた。
当時、15歳の私はその日も例に漏れず平凡な一日を過ごすと考えており、強いて言えば、高校の入学式という一般的には晴れ舞台と呼ばれる行事がありそれに出席していたが、言ってしまえばそれだけである。
否──それだけであるはずだった。
午前の内に入学式は終了し、私は家で暇を持て余していた。この時、おとなしく趣味である読書をしていれば……と今でも悔いることに飽きは来ない。
高校の入学祝である新品の自転車をいそいそと漕いでいた私は、赤の他人から見ても浮足立ったように見えていたのだろうか。明日から通う
後から聞いた話では、時刻は十六時を過ぎておりドライバーは西日で直前まで、私と信号が見えていなかったらしい。数日前にこの街に引っ越してきたばかりだという彼は、まさに始まりだしたばかりである新生活のスタートを私との衝突で台無しにした。きっとどちらか一方だけでも、その交差点が夕方に事故が多発している場所と知っていれば運命は変わっていただろう。きっと私は翌日から高校に通っていたし、ドライバーは……いや、彼のもしもについては知る由も、話す
とにかく、私からすれば次の瞬間にはベッドの上にいて、入学式から三日経っていたというわけだ。当然、私が三日間も意識不明だったと知ったのは、後に病室へやってきた医者や両親と会話してからである。
「あの……シャワーって浴びていいんですかね?」
「ごめんね。もうしばらくはタオルで我慢してもらうことになるかな」
その時の衝撃は、もしかすると事故の際よりも大きかったかもしれない。なにせ、まだ意識が完全に覚醒していない当時の会話で唯一ハッキリと覚えているがこのやり取りなのである。
しかし、それから数日の間にさらに二つの出来事が私を襲った。
一つは、私の脳へ負ったダメージが回復しない可能性が高いということが、精密検査によって判明したことだ。暫くの間は、車椅子での生活が余儀なくされるだろうと説明されていたのでそれ相応の覚悟をしていたが、これが一生となるや否や私の覚悟など簡単に崩れてしまったのである。とはいえこれは確定した話ではなく、可能性の一つである。程度によっては、松葉杖一本でも十分に歩けるようになるらしい。逆に言うと、良くて松葉杖生活ということになるが……。
そしてさらに、この事実は既に許容限界であったドライバーの罪悪感を溢れさせた。その量は、彼が自らの命を断ち切ろうとするのに不足なく、引っ越してひと月足らずの部屋を事故物件へと変えてしまったらしい。
──これが、二つ目の出来事である。
「あなたは悪くない」なんてたくさんの人に言われたし、私も当然そう思っていた。むしろ死にかけていたのは私の方で、悪いのは彼の方で……。でも決して気分は良くないし、寝覚めは悪いじゃないか……!私は、私の責任がゼロだと考えられるほど、自分を騙すのが上手くない。だから悩んだ。悩んで苦しんで、その末に、私も彼と同じ道を辿るのが正解なんじゃないかと思った。
でも次の日には、やっぱり私は悪くない……なんて結論を出す。
そんな日々をしばらく繰り返していた。きっとあの時の私は、自分なりに責任感と罪悪感で上手くバランスをとって綱渡り状態の精神を支えていたのだ。
つまり、私の高校生活は始まる前から、ある意味で終わっていたとも言えよう。三文小説、悲劇のクライマックスである。
しかし、そんな状況を変えてくれたのが、クラスメイトの
入学したての一年生に頼むことではない気がしたが、むしろリセの方がノリノリで、担任はあくまでどうしても時間が取れなかった際に取る措置のつもりだったということは、のちにリセに聞いた話である。
リセは明朗快活を絵に描いたような性格で、初めて出会った5月5日は彼女のマシンガントークに疲れ切ってしまったのを今でも覚えている。
「こんにちは!あたし、美濃リセ!これからよろしくぅ!」
なんて具合にいきなり来られたもんだから、正直言うと少し引いてしまった。本ばかり読んできた私とは馬が合わなそうだ、とも思った。しかし、単純接触効果というやつだろうか……。ほぼ毎日のように病室へやって来るリセへの苦手意識は、彼女の無邪気で子どもっぽい雰囲気も相まって、いつしかさっぱり無くなっていたのである。
そして私はリセとの仲を深めると同時に、自身の心の傷が癒えているのを強く感じていた。家族ゆえに言いづらいことも、リセは聞いてくれた。リセが居てくれたからこの無慈悲な運命にも耐えられた。
──だからこそ私は今、なんとしてでもリセのことを助けてあげたいと思っている。
そんな暁光のような出会いから1ヶ月経った6月の雨の日。容体が安定してきた私は、一人部屋から相部屋へと移動することとなる。
そこで新たに出会ったのが、自称占い師の若い女性である。
「こんにちは、
彼女はなぜか私の名前を知っていた。
「えっと……もしかして以前お会いしたことが?」
「いいえ。正真正銘、私たちは初対面よ」
どこか間延びした声や上品な
なぜだろう……。
私の名前を知っていたから?と考えたが、きっと手順を踏んでいてもこの恐怖感は消えなかっただろう。
そしてもう一つ。この人とリセを会わせてはいけない。本能がそう言っていた。
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