プライバシー意識を持つべし

 「突然すみません。依頼書を送った後に、連絡先とか書いてないことに気付いて……送り直そうかなと思ったんですけど、それだとまた時間がかかるかなって……それで直接来ちゃいました」

 私とモアの対面に座る依頼主は、どうやらプライバシー意識が高いわけではなかったようだ。しかし、このタイミングでの訪問は願ったり叶ったりである。依頼書を再送していたなら恐らく、4月は終わっていただろう。

 「いや、こちらこそ助かったよ。我々にも実はタイムリミットがあってね。依頼を早急に解決したいところだったんだ。どうも政府にはマイペースでかつせっかちな人が多いらしい。まあ、マイペースで言うと私もそうかもしれないが──」

 「おほん……所長。こちらの話はその辺で宜しいのでは?」

 モアがわざとらしい咳払いと共に、三人分のお茶を運んでくる。

 「ど、どうもありがとうございます……」

 依頼主──瀬野一せのはじめは湯気でメガネを曇らせながらモアに礼を言うと、お茶を一口飲んだ。彼女の風貌は例えるなら、図書委員長といったような、三つ編みおさげの制服少女である。

 「それでは一息ついたところで本題に入ろうか。依頼書の情報だけでは我々も手詰まりだったからね」

 「そうですよね……さっきはああ言いましたけど、実はちょっと怖くて」

 文字通り考えを二転三転させるが、どうやら瀬野はプライバシー意識が低いというわけでもなさそうだ。こんな怪しげな事務所に個人情報を送るのを躊躇うのは当然と言えば当然だが。それにしても『あなたの恨み、解消します』のキャッチコピーはないだろ……。ただでさえ怪しい事務所が、大盛マシマシに怪しくなってるではないか。とはいえ今さら変えるとなると、それはそれで面倒なのも事実。

 ──もういっそのこと、モアに丸投げするのはどうだろうか?

 「所長、また関係ないこと考えてませんか?変面師みたいになってるせいで、瀬野さんが引いてますよ。……それと、私に仕事を振るおつもりなら、真っ当なものをお願いします」

 「……なぜばれた」

 「所長はわかりやすいので」

 もしかしたらモアは秘書よりエスパーの方が向いてるのかもしれない。

 エスパーモア──名前の響きも良い。

 「なあモア、明日から秘書を辞め──」

 「エスパーモアとか言い出したらさすがの私も手が出ますよ?」

 「──い、言うわけないだろ。ほら、瀬野さんが待ちくたびれてるぞ」

 まったく怖い秘書である。というか自分でも考えてたのか……。

 「まったく所長は……わざわざ事務所まで来ていただいてるのに、無駄話ばかり聞かせてすみません。それと、瀬野さんや瀬野さんのご友人に関する情報は、厳重に保管しますのでご安心を」

 「いえ、私のことなら大丈夫です。それに……なんだか昔を思い出して懐かしくなっちゃいました」

 懐かしい?私の記憶では彼女に会うのは初めてのはずだ。

 「もしかして過去にも依頼を?」

 「あ、違うんです。お二人の掛け合いが友達のものと似てて、それで……」

 瀬野は俯きながらそう言った。声は小さく震え、オーラはまさにグルーミーである。

 「もしかして、そのご友人というのが……」

 「リセ……美濃みのです。去年の10月から徐々に休みが増え出して、二年生になってからは一度も学校に来てません……。連絡しても『私は大丈夫』としか、もうどうしたらいいのか……」

 モアの発言に続けて、瀬野は友人のことを話し始めた。

 「リセの家にも何度も行ったんです。リセはお婆ちゃんと二人で暮らしてるので、何か手伝えることはないかって。でも、リセのお婆ちゃんが病気がうつるとよくないって」

 「それじゃあリセさんにはしばらく会ってないんですか?」

 モアが聞くと、瀬野は今までよりもさらにトーンを落とした声で返事をした。

 「……3月末に一度」

 3月ってことは、たった一月前か……。

 「割と最近だな」

 「はい……その日もいつも通り、リセのお婆ちゃんに止められてたんですけど、家の奥から何かガラスが割れるような音がして」

 「……割れるような音?」

 「はい。それで私、無理やり玄関に入ったんです。そしたらリセが廊下に出てきて……私に言ったんです……『体は大丈夫?』って。多分、私が去年の9月まで入院してたので、そのことだと思うんですけど……」

 つまり、瀬野が退院してから美濃は学校を休みだしたということか。この二つの事象に何かしらの関係があるのか、今はまだわからないな。それに、去年の9月に退院したのなら、今になって心配するのも少し変だ……。自分の体調が悪いなら尚更にな。

 「ちなみにその後は?」

 「……リセは部屋に戻ってしまって、私はいつも通りリセのお婆ちゃんに帰らされました。それからは特に何もできず、たまたま家で見かけたチラシからここのことを知って──」

 藁にも縋る思いで依頼書を書いたというわけか。婆さん突き飛ばしてまで、家に入るわけには流石にいかないからな。

 「ちょっといいですか?今の話だと占い師がどこにも出てこないんですけど……」

 「そうだな。それにいくら婆さんが止めるっていっても、救急車呼んで無理やり医者に診てもらうことだって可能だ」

 要するに、話を聞く限りでは我々の仕事ではないように感じる。突き放すようだが、やはり瀬野はまだ何かを隠している。私たちのような、怪しい何でも屋に頼らなければいけなくなった何らかの事情を──。

 「──去年の夏休みにリセが言ってたんです。占い師から石を買ったって……」

 「石……?」

 わずかな沈黙の後、瀬野は過去の美濃の発言を明かし始めた。

 「はい。それでその石には力があって、どんな病気でも治すことができるんだって……」

 「でも美濃さんは、体調不良で学校を休んでいらっしゃるんですよね?」

 「いや、健康になるのが持ち主本人だとは限らないだろ。それに、想像だが去年の夏休みってことは、瀬野はまだ入院していたんじゃないか?例えば美濃は──!」

 瞬間、私はドアの外の気配に気づいたが遅かったようだ。複数の男たちが事務所へずかずかと入り込み、我々を取り囲んだ。

 「ふむ……これは非常にまずいことになった」

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