銀河帝国

1.青年マルクス(上)

 統一暦923年、アウレリウス=ウェルス9回目の統治の年、青年マルクスはギムナジウムの講堂で鉛筆回しに神経を集中させていた。その集中ぶりはなかなかで、講師は彼が質問されていると気づかせる為に3度も同じ質問を繰り返さなければならなかったほどである(もっとも、彼が質問されていると気づいた理由は周りの視線にあったのだが)。

 彼がこの遊戯に興じる理由は彼の聞く講義には無く、単に彼のやる気の無さから来るものであった。そのやる気の無さは、彼の生まれ持ったものであったかも知れないが、このギムナジウムが彼の望んでいた進路ではなかったからかも知れない。少なくとも、この青年はそう理解していた。


 ティトゥス=アントニヌスの時代、マルクスがまだその小さな身体に夢を持っていた頃、帝国中が好景気に沸いていた。その熱狂ぶりは凄まじく、ほぼ全ての国民が常に光年メーター制の星間タクシーを使い、銀河外縁部にある訳の分からない物品を買い漁ってはマウントをとり合った。趣味や恋愛、家庭に至るまで、羽振りの良さが人の全てであると宣伝され、その宣伝を目の当たりにした公務員達は自身の選択を呪った。


 マルクスの両親も、この空前絶後の好景気に沸いていた。彼らの収入は増加の一途をたどり、安定した生活を送れるようになった。それどころか、贅沢をする余裕すらも生まれた。そんな両親の余裕はマルクスのもとにもやってきた。彼らが、息子の夢を叶えてやろうと考え始めたのである。

 マルクスの夢は医者になることだった。当初その夢に学費という大きな壁が立ちはだかっていたが、この好景気によって、その費用を払うことが出来るようになったのである。彼自身、アカデミーへ進学する力はあると自負していたし、実際それだけの実力があった。彼は人生を歩むと同時に自身の夢へ、一歩一歩着実に進み、そしてその夢の実現は既定路線であった。⋯いや、あるはずだった。

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フェデレーション エンリケ後悔王子 @Enrique4

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