社会心理学科Hさんへのインタビュー

――Hさん

「そう、だから僕はおかしいと思ったのです。普通に生きている人達が確固として信じている[自分]という個のイメージは明らかに矛盾しか内包していないのに、それに気付かず浮き彫りになった自分の中の矛盾だけを嫌う事が、徹底していない不完全な上に成り立っている神話だと。これは例え話ですが、世間における“性行為”を忌み嫌う風潮と、その行為の結果としての“妊娠、出産を祝福する”認識のズレ。それが人格の切り替えでなく成長というのなら、何故人工授精に対して嫌悪感を抱く人達が出てくるのか。単純なイメージや思い込みで形成された人格の反応と、それらを無視した本能的なところで形成された人格が共生していると考えた方が自然ではないですか」


――インタビュアー

「その考えを今まで、誰かに話しましたか?」


――Hさん

「えぇ。昔、教授に話した事があったんです。その時の例え話では酔っぱらいの暴走や、怒りで我を忘れるといった事例について話しました。普段の自分じゃなかったと言って弁解するのはおかしいのではないか?それも自分の中の一人格であるから、受け入れるべきなのでは?と。すると教授は『そんな事はね、大人はみんな気付いてるんだよ』と諭すように言ったのです。明らかに話を捉え違えた反応でした」


――インタビュアー

「例えが悪かったんですかね?」


――Hさん

「今思うとそうでした。大人がみんな、僕に言っているように複数の人格存在に気付いているのなら何故、世間一般では多重人格や解離性人格を、障害として病人扱いするのでしょう?結局のところ、本質的に自分の中の人格の切り替えに気付いている人はごく少数なんです。僕が言っているのは、それを常識にするべきという話なんだ。性自認を扱うジェンダー問題に取り組むなら、この問題にだって絶対に取り組んでいくべきなんだ。人格の定義さえしっかりすれば、みんな自分探しやら自分らしさ、なんて馬鹿げたことほざかないだろうに……」


――インタビュアー

「とても良く分かります。僕もスプリットという映画で、面白い複数人格の描写を……」


――Hさん

「あの映画を観たんだな!じゃあ話は早い。そういう事なんだ!俺が言いたいのは……論理的に考えて一人の肉体で、脳内に蓄積された経験が、偏った人格を形成する事なく一貫してノーマルな統合人格の形成を目指すと思うか?よく解離性人格障害の原因の喩えに出るから分かるだろう?虐待を受けた子供が防衛本能で別人格を作り出すって話……本当にそれが人格の発生条件だとしたら、人の脳は元より複数人格の発生余地を残している器官だって証拠なんだ!それがタブー視されている理由は“別人格がやった”場合の犯罪の法整備が整っていないせいで、突発的な犯行なんてのは全部人格の切り替えが原因なんだよ!全員が一つの肉体に一つの人格しか備わってない前提の社会だから、今更変更出来ないなんて、ただの甘えだ!ちゃんと自覚しろ!自分の中で!他の人格と折り合いをつけていくべきなんだよ!!!それを“異常”の一言で片付けようとする世の中は、間違ってるだろ?」


――インタビュアー

「そうですね。分かりますから、どうか落ち着いて下さい」


――Hさん

「分かるんだな、俺の言ってることが」


――インタビュアー

「当然ですよ、でなきゃインタビューしないでしょう?」


――Hさん

「……ですね。なら良いんです。理解しようとしてくれるなら。何か質問はありますか?」


《一部抜粋》

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