第8話 ミユの目


おかしい。

みんながおかしい。

みんな狂ってる。

二人とも殺そうとしたカオルも。

そのカオルを刺したコウイチも。


「おい、ミユ!」

追ってくる。

嫌だ。

嫌だ嫌だ。

私も殺されてしまう。


「待てってば!」

走る。

ヒールが折れてしまう。靴を脱ぎ捨て、靴下のままで舗装されていない道を歩く。

大丈夫なはずだ。

この道を進めば、いつかは町に着く。

そこからは警察に話そう。

例え過去の事件が明るみに出たとしても構わない。

それでようやく、ユースケも救われる筈だ。


「俺は殺してない!信じてくれ!」

嘘だ。

現にカオルを刺したじゃないか。

「あれはそうしないと俺が死ぬところだったんだ!」

黙れ。

人殺し。


獣道に足を踏み入れる。

何かで足を切ったようだった。血がそこら辺につくようだったが仕方ない。

木の根本にしゃがみ込み、荒い息を必死に抑え込む。

「どこへ行ったんだ?」

すぐそばを、コウイチが歩く音が聞こえる。

狼に怯える兎のように、じっと体を固くし、やつが通り過ぎるのを待つ。

足音が遠ざかっていく。

溜め込んだ空気を吐き出す。落ち着いている暇はない。何か役に立つものはないだろうか。

手元にあるのは動く途中で無意識に手に取った鞄だ。

チャックをゆっくり開ける。

大したものは入っていなかった。化粧道具の入ったポーチ、ピルケース、財布、虫除けスプレー。

「?」

ピルケースが開けっぱなしになっている。中を覗きこむ。

一枚の錠剤のシートが空になっていた。

おかしい。出先で困らないよう、多めに持ってきたはずだ。

中身は睡眠導入剤。

…。

いや。まさか。

仮にそうだったとしても、自分も夜中寝ている。

それに、飲み物も食べ物も全員が同じものを食べていた。誰かだけ特別に睡眠薬を入れることはできない。

…。

不安感を拭えない。

こんな事をしてる場合じゃない。逃げないと。

私は動き出す。


歩きながら、しかし一つの考えを捨てきることができない。

反対意見はいくらでも思いつく。

ノブヒトが死んだのは私が寝ている間だ。

それに、五人の中で一番体が大きい彼を仕留められるほど、力も強くない。

それに。

そもそも。

私がやってないのは私が一番知っている。


遠くから声がする。

やばい。

コウイチだ。

私は走り出す。

「…?」

なにかが変。

声と、足音が。

二つある。

一つはコウイチのものだろう、ダッダッダッと大きい音。

もう一つは。

小さい音。

コツコツコツと、小さくて早い音。


全身が粟立つ。

鞄が開いているのを忘れていた。

中のものをひっくり返してしまう。

まずい。ここに落ちているのがばれると近くにいることに気づかれる。

私は中の物を拾い集める。

スプレー。ピルケース。それと…。

それに気づく。

「嘘…。なんで…。」


全員分のスマホがそこにあった。

ノブヒトのものも。

そこに。


「嫌ぁあああぁああぁあ」


走り出した先には、何もなかった。

落下する。

地面にあたり、バウンドする。

口の中に砂利が入り、歯が折れるのがわかる。

地面の上で引き摺られ、ようやく勢いが止まった。

が。

衝撃が凄かったらしい。

意識を保つのが精一杯だ。

だが、それで気づいたことがある。


なにも自分以外に薬を盛らなくてもいいのだ。

私もその薬を飲み、そして眠りにつけばいい。

今回起こった事件には、共通点がある。

どちらも、私が眠っている間に事件は起きたということだ。

そうすれば、彼がやってくれる。


私はただのクローゼットだ。

中には二つの洋服があって、必要な時になれば外へ持ち出し、もう片方は閉まったまま。


「おーい、ミユ!」

コウイチだ。

声を上げようとした。が、ゼェゼェとした息しかでない。

「もう一回言うよ、俺はやってない」

そう、あなたはやってない。

二つの足音。

「本当の事を言うよ。ユースケに勇者ごっこを仕掛けたのは、俺なんだ」

…なんて?

「廃墟の屋根が木造で崩れかかってて、一番最初に歩いたやつは落ちるっていうのは知ってた。そう思って、ノブヒトに言ったんだよ。」

だんだん目の前が暗くなる。

と同時に、夜道に目が慣れてくる。

「なんでだか分かるかい?君のことが好きだったんだ」

コウイチの持った懐中電灯のひかりがきらめく。ここ!ここにいる!

「だから、あいつの事が憎かったんだ。みんなの注目の的だからさ。もちろん殺してやろうなんて思わなかった」

コウイチの持つ懐中電灯が私を照らし出す。

逆光で、コウイチと。

その後ろに立っている、少年の足元が見える。

「俺は信じてるよ、君がやったんじゃないだろ」

そう。やったのは私じゃない。

「となると」

声変わりのしていない、子供の声だ。

「誰がやったんだろうね」

その瞬間、視界は真っ暗になった。

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