第7話 カオルの目



夜中の12時。

とりあえず立てられたスケジュールは、午前5時に別荘を抜け、ひたすら歩き続ける事に決まった。

あかりと呼べる懐中電灯はあまりにも光が弱い上に、置きっぱなしで電力もいつまで持つかわからない。殺人鬼がいるかもしれない状態で暗闇では圧倒的に不利だ。

夜明けと共に出発したほうがいいという結論に至った。


それまでの間の過ごし方でも意見が分かれた。

「長距離を移動する事になる」コウイチが言う。

「眠っておいたほうがいいだろう」

「それこそ自殺行為ってもんよ」私も言い返す。

「なら、見張りを立てるのはどうだ?」

「その見張りが犯人かもしれないじゃない」

「じゃあ、複数人で見張ればいい」

私は黙り込む。

そして、ゆっくり猫が歩くようにゆっくりとシステムキッチンへ向かう。

「カオル?」

フミアキの声も耳に届かぬまま、私は包丁を掴む。

「ー!!」

「悪く思わないでね。私は無惨に死にたくないの。あんな風にね」

コウイチが文字通り血相を変える。

「何考えてんだよ」

「だってしょうがないでしょう?私以外みんなが共犯って事もあり得なくはない。でしょう?」

「何馬鹿なこと言ってんだよ!フミアキもミユもなんとか言えよ!」

フミアキが正面から睨みつける。

「仮にそうなら?その包丁一つで三人と戦うとして、勝算はどれ位だと?」

「やってみる価値はあるわ」

ぴん、と張り詰めた空気が続く。

「いいだろう。自分の身は自分の身で守る。内部の人間に対してはこれで恨みっこなしだ」

フミアキが肩をすくめる。

「おい!こういう時こそみんなで行動しないといけないだろ!こんなことして何になんだよ」

私はせせら笑う。

「みんなで力を合わせてって?あんた達人殺しが何言ってるの?」

コウイチの目に力が入る。

「カオリ、お前…」

「言っとくけど、私は直接手を下してない。あんた達の言う通りにユースケの死体を隠しただけ。あんたらが協力して私の口を塞ごうとしても、不思議じゃない」

フミアキがポツリと言う。

「仕方なかったんだよ。ノブヒトが全部悪いんだ。あいつが言い出さなかったら」

この期に及んで責任逃れ?

「とにかく、今は話を進める。内部の人間に対しては各自が身を守る。見張りは2人ずつの交代制。1時間おきに眠っている相手と交代する。他に意見は?」

みな黙る。

「じゃあこれで。先に俺たちが起きとくから、二人は寝といて」

頷き合う。手汗で包丁の柄がぐっしょりとしている。

「あとカオル。慣れない事をすると逆に危ないよ。間違って手が触れないところに置いといたら?」

今の私は何も聞き入れることができない。リュックの下に敷いておく。


目を瞑る。

怖い。

そりゃそうだ。

殺人鬼かもしれない相手に背中を預けるのだから。

でも今はしょうがない。体を休めておくべきなのだろう。

「カオル?」

フミアキの声がする。

「…なに」

「何個か話しておきたい事があって」

「眠れって言ったのはあんたでしょ」

「そうなんだけどさ。眠れないでしょ、どーせ」

「…まぁね」

目は爛々と冴えたままだ。

「コウイチは?」

「…なんか寝てるみたい。しょうがないよ。一日中ずっと動きっぱなしだからね」

「しんじらんない」

「代わりに僕が見張っとくから」

秒針がコツコツと時を刻む。

「…一個考えたのが、犯人は外部の人間か内部の人間かっていう事で、僕が言った説、覚えてる?」

「はっ、あの馬鹿みたいな話でしょ?」

「ところが怪談にならない可能性もある」

「…どういうことよ」

「ユースケが生きているという可能性だ」

「はぁ?」

「俺たちは正確にユースケが死んだと言う事を確認できてはいない。子供のころだったから、怖くて逃げ出したに近いからね」

「…で?それからユースケが生きながらえて、私たちに復讐するって?」

「あり得ない話じゃないだろ?」

「そっちの方がよっぽどホラー映画よ。大体どうやって生きてきたわけ?それに生きてたならすぐ家族の元へ帰るのが普通じゃない?あんた達が言ったのが正しいならユースケは全身骨折してたはずでしょ?できる訳ないじゃない」

「そうかもしれない。たださ」

「ただ?」

「ノブヒトの顔。ノブヒトが死んだ後も、何度も何度も殴りつけてた」

「やめてよ、聞きたくない」

「子供がやけになってなんどもおもちゃを叩きつけるように。人へ扱ってる感じじゃなかった。復讐の為に誰かが殺したのなら、あそこまでする必要はない。」

「もういいよ。疲れたからそろそろ私も眠る。2時間たったら起こしてね」

「後もう一個だけ」

「なによ」

「トランプ、やってくれてありがとう」

「…はーい」

もう一度目を瞑る。

神経は相変わらずぴりぴりしたままだ。

「…もう一個だけいい?」

またフミアキだ。

「駄目。もう寝るからまた今度ね」

「ちぇ、わかったよー」

いつものフミアキの声だった。


雨音が聞こえる。

季節外れの雨が、体育館に降っていた。

桜の花も、今日限りで散ってしまうようだった。

「ちぇー、残念だなぁ」

フミアキがぶつくさ言う。

「花より団子だろ、お前はよ」

コウイチが後ろから茶化す。

「やまなそうね」ミユもいた。

「さびしくなるよねー。みんな違う学校だもんなー」

私は知っている。この後ずっと、長い間私たちは会えなくなる。

「しょーがねーだろ。もう十分見飽きたっつーんだよ」ノブヒトが悪態をつく。

あの出来事があり、小学校の間はバレるんじゃないかとずっとひやひやしていたが、結局ユースケが見つかることはなかった。

中学に入ってからは一緒にいる事は避けるようになった。それは犯行が見つからないようにする為か、思春期特有のものであったかは分からなかったが。

そんな中でも私たちは定期的に、監視し合うようにたまに集まっていた。

だが、それも今日で終わりのようだった。

それぞれが別の高校に行く事で、連絡を取るのはやめることになったのだ。

「またいつか会うよ、きっと」

コウイチが言う。

窓の外は、雨が降り続いていた。


雨?

違う。

これは雨じゃない。

じゃあ何の音?


私は立ち上がる。と同時に床に散らばったそれに気づく。

流れ出す血液はフローリングにどこまでも散っていく。

だんだんと感覚が醒め、研ぎ澄まされていく。

振り返ると、コウイチがノブヒトの体を揺すっている。

「おい、起きろ!ノブヒト!」

床に染み込んだ血液がノブヒトのものであるのは間違いなかった。

私はカバンの下を探る。包丁はなかった。

ミユを見る。ミユは口に手を当てて怯え切っていた。

私は真っ直ぐ近づき、ノブヒトの胸元に手を伸ばす。案の定、包丁はそこにあった。それを引っこ抜く。

「やめろ!カオル!」

私は包丁を構える。

「おい、それ以上動かないでくれ。頼む」

「あんたこそ友達を何人も殺しといて何言ってんの…。この殺人鬼」

「違うっつの。話を聞けって」

部屋の中には三人。

「あんた以外誰がやったっていうの?」

「知らないよ。俺はうとうとうたたねをしてて。それでやっと起きたら隣にいるノブヒトの胸には…。もう刺さってて…。」

「もういい。犯人が誰かなんて当てる必要ない」

ミユの方を睨みつける。

「二人とも殺せば何も問題ない」

「お、おい!いい加減にしろよ!」

「黙って!」

「もし外に殺人鬼がいたらどうする?この山道を抜け出すってか?」

「そんなやついるわけないでしょ!あんた達のどっちかが犯人なのよ!」

「また秘密を背負って生きるつもり?」

ミユも震えながら声を上げる。

私の目力は一層鋭くなる。

「だとしても構わない」

私は包丁を振り上げる。

コウイチの胸元へ。突き立てた。


はずが。


次の瞬間、包丁は私の胸元にあった。

凄い勢いで血が噴き出す一方、痛みは不思議なことに少なかった。

そんな。

ミユがこれまで聞いたことがないほど、大きな声をあげ、別荘を飛び出す。

私は目の前の光景が信じられず、コウイチを見る。

安堵と悲しみと、両方の顔を写していた。

私はコウイチの体を振り払う。

するとそこには。

あの大きな、クローゼットが。

バランスを崩して、思わず扉に掴まる。

扉が開き、中には洋服が二着。恐らくノブヒトとミユの上着だろう。


その瞬間、私はある事に気づいてしまった。

これまでのどこでもない、ユースケの居場所に。


だが。

それを口に出して伝えることは。

わたしには、もう、


でき

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