第6話 コウイチの目



俺たちは再びリビングに集まっていた。

涙を流していたのはカオルだけだった。

「何…。何があったの…?」

俺たちは涙よりも先に、恐怖を心底味わっていた。

それは、ノブヒトの凄惨な姿だけでなかった。

あいつのいた場所。クローゼット。

記憶がずっと昔へと巻き戻る。


秘密基地。

カビの匂いのする廃墟。

木目の天井。

「コウイチ、早く来いよ」ノブヒトが2階から呼びかける。

勇者ごっこのテーマを発表するのだ。

「この前は軍資金集めだっただろ」軍資金集めはこっそり親の財布からお金を持ってくるというものだった。

「その前は沼潜りをしたよな」

「もう他にやれることないってー」

フミアキが声を上げる。

「あれは…どうかな」俺が声を出す。やめろ。

「なんだ?」

「ほら、ここの天井ってけっこうもろいじゃん、だから…」


自分の息遣いで正気に戻る。

「とにかく、これから先の事を考えないと」

「これから先って?」

「とりあえずもう今すぐにでも下山して警察を呼ぶ他ないだろ」

「下山?めちゃくちゃ暗いし遠いし、バスないと朝までかかるよ?」

「仕方ないだろ。俺たちでいくから、女性陣は待っててくれたらいい。フミアキもそれでいいだろ?」

フミアキを見る。いつものフミアキじゃないみたいだ。

「一個あるのが、ノブヒトを襲ったのが誰かという事」

「え?」

「いくつもパターンはあるよ」

「そんなの警察が調べりゃいいだろ」

「そこを抜きには考えられない。まず外部の人間の犯行なら、女性陣だけを残すのも心配」

「外部の人間って…他に何があんだよ」

黙り込む。

「クローゼットの他に血の跡や争った様子が無かった。反抗現場は多分あの場所だろう」

「…?」

「ノブヒトが伝言を残していなくなったのは14時以降だ。みんなここに着いてから何をしてたか聞かせてほしい」

「アリバイってか」

「基本的な事だよ。まずはコウイチから」

「俺は14時半までは一人でぶらぶらしてたな。そこからミユと会って16にみんなと合流した」

「ミユ、間違いない?」

頷く。

「私は知ってるかもしれないけど12時半からコウイチと出会うまでは一人で寝てた。それから後はコウイチと同じ」

「横であれだけの騒動があったのに、目を覚まさなかたの?」フミアキが聞く。

ミユもただ頷くのみだ。

「おい、何が言いたいんだ?」

「別になんとも」

「悪夢を見てたの。ユースケの」

全員が押し黙る。

「それに、お前は見落としてることがある。お前のアリバイはどうなんだ?」

「僕は13時から釣りを始めて、途中でノブヒトが帰る様子を見て15時ごろに終わらせて帰ったかな。それからトランプをしてた。そうでしょ?カオル?」

「うん、間違いない」

カオルも口を揃える。

「カオルは何してたんだ?」

「あんたと同じよ。何か面白いものがないか探してただけ」

「それで見落としてる事って?」

「お前が嘘をついてるかもしれないって事だよ、フミアキ」

「聞いてみようか」

「ノブヒトが一緒に釣りをしていたって事がお前しか証明できるやつがいないって事だよ。

釣りに行った先で殺せば、ミユが寝ていても起きなかった説明もつく。だろ?」

再びしばらく黙る。

「いいだろう。アリバイについては証明できない人も多いし、ここは別の観点から考えよう。僕達がミユを残して別荘を離れた時、家の鍵は閉めていった。間違いないね」

間違いない。俺が閉めた。

「ミユが目覚めて外へ出た時が14時半。鍵は閉めた?」

「いいえ。この辺りは人気もないから泥棒も入らないだろうと思って」

「僕とカオルが合流して別荘に入った時は15時。つまり全員の証言が正しかった時、外部の人間が忍び込めるのはその間の30分だけと言う事になる」

「だからよ、何が言いたいんだ?」

「外部の人間が犯人とした時、何らかの方法を使ってノブヒトを呼び出し、その合間を縫って誰もいない時間を選んで殺害する。と言うことは犯人は常に別荘を監視しているということになる」

ぞっ、とする。あの冷静なミユでさえ、震えている。

「だから朝を待つか、警察に行くなら男女で行動したほうが危なくないんじゃないかって事」

「ちょっと待って。こうは考えられない?」

カオルだ。

「何?」

「別荘には女子であるミユが寝てたのよ。つまり犯人が訳の分からない殺人鬼なら、間違いなく抵抗しないミユを狙う筈」

「なるほど、つまり?」

「犯人はノブヒトに恨みを持っていて、別荘に行くことを聞き入れて殺害したって事。だから私たちに危害を奮うことはない」

「うーん…希望的観測という気もするけど、確かに一理あるかも」

「それにこの山を電話もない状態で下山するっていうのも危ない気もするし」

「オーケー、じゃあ今日の早朝に出発する事にして、交代で見張りを立てておこう」

「まじかよ…。ノブヒトを殺したかもしれないやつと寝るのか」

「ちょっと!何言ってるのよ!」

「可能性があるってだけだろ」

お互いムスっとして、黙り込む。

「いや、内部の人間でも外部の人間でもない可能性があるよ」

またフミアキだ。今度はなんだよ?

「ユースケの仕業さ」

ぷっ。

ぶははははは。

「おい、何を言うかと思ったら怪談話したいのかよ。どんだけお前は遊び足りないんだよ」

「ノブヒトの死体、どこにあったか覚えてるだろ?」

全身が凍りつく。

再び過去が。

思い出すのをやめようとする。それでも。逃れられない。


「おい、これどうすんだよ」

ユースケが声を上げる。

襟付きのシャツ、半ズボン姿のユースケの身体は、ぐちゃぐちゃになっていた。

「知らないよ…。親に言った方がいいよ。早くしないと救急車が来るのが遅れる」

フミアキは泣きじゃくっている。ミユは目をまん丸にして黙っている。

「馬鹿お前、来る頃には死ぬに決まってんだろ。ここがどんだけの森か知ってんだろ」

「じゃあどうするのさ」

「…。おい、クローゼットがある部屋あったろ。」

「?それがどうしたの?」

「連れてくぞ」

俺はユースケの軽い体を持ち上げた。骨があっちこっちに折れ曲がっていて、マリオネットか中身が綿でできているぬいぐるみみたいだった。骨が皮膚を突き破った傷跡から血が滴り落ちた。

クローゼットの中にユースケを入れ、扉につっかえ棒を差し込んだ。

「この秘密基地は俺たち以外誰も知らない。俺たちが決して大人にチクらなけりゃ、俺たちの秘密は決して外に漏れる事はないんだ」

「でもそれじゃユースケがぁ」

クローゼットの中からまだ、声が聞こえる。

「しょうがねえだろ。このままじゃ俺たちは人殺しだ。ばれなきゃ、何かで事故に遭ったと思うだろうよ」

「ユースケ!」フミアキが叫ぶ。俺はフミアキの腕を掴み、強引に連れて行く。

俺たちはそれから血の跡を拭き取った。ユースケの声がしなくなるまでの間、ずっと。


「おい、その辺にしとけ。まだ犯人は外部の人間か内部の人間かも分からないけどな。この世にゃそんなのいないんだ。」

「ユースケが犯人なら、ミユを起こさずにクローゼットの中に入れることもできる」

「いい加減にしろ!」

フミアキの頬をはたく。

「いいか、ユースケはもう死んじまったし、あいつの事はもう思い出すな。警察に何か勘付かれるのも避けるんだ。わかったな」

俺はそう怒鳴っていたが、心の中では過去に縛りつけられそうだった。

あのクローゼットの中へと引きずり込まれそうだった。

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