第2話 ノブヒトの目
ったく、むしあついったらねー。
おまけに虫も多いしよ。虫除けスプレーもやっぱり買っといたらよかったよな。ケチって損したよ。
「ねー、あと何キロなの?」カオルが言う。ったく、女はなんでこう我慢できねーんだろうな。黙って歩けっつーんだよ。
「もうちょっとで着くと思ってたんだけど…。大丈夫?荷物持つよ?」
コウイチの奴、いちいち甘やかしてんじゃねーよ。
そもそもあいつの別荘なんだからみんなが来る前に車で行って、出迎えてくれやいいのによ。さっきは自分は招待してないなんてシラこいてたが、なんで他人が知らない別荘にいきなり招待するっつーんだ。馬鹿馬鹿しい。
まぁ、あいつも照れてるかもしれねぇな。中学の頃から、ずっと会ってないダチと久々に会うなんて。
またこうして、五人で。
…いや。六人。
目の隅にもう一人、いる。
俺たちはすっかり大人になったのに、もう一人、子供のままの姿の、あいつがいる。
襟付きのシャツに、短パン姿の、あいつが。
「ノブヒト?」
フミアキが目の前で手をヒラヒラさせていた。
「どうしたの?柄にもなく熱中症?」
フミアキの頭を軽くこづく。いてー、と大袈裟に痛がるそぶりを見せている。こいつはいつもこうだ。被害者のふりをして女の気をひいてやがる。
「ははは、懐かしいな。昔みたいだ」コウイチが呑気に笑ってやがる。ったく、人の気も知らないで。
「なんだってこんなとこにお前の親は別荘なんて立てたんだよ」
「いいじゃない。その代わり、騒いでも怒られないし、人気がなくてぴったりだよ」
まぁいい、こうして馬鹿話をしていたほうが、気が紛れる。
「ほら、見えて来た」
別荘は広くもないが、気取った家だった。
多少古びてはいたが、2階建てで一階はリビングとトイレ付きの風呂場。2階には部屋が二つあり、男子の部屋、女子の部屋に分かれることになった。
「よし、じゃーさっそくトランプを」
「早すぎだろ」
フミアキの提案をコウイチが制した。
「だってやりたいこといっぱいあるんだよー。釣りもしたいし、卓球もしたいしホラー映画も見たいし」
「2泊もあるんだからそんな慌てなくてもいいよ」
「あはは、やっぱり懐かしいな、いっつもフミアキが一番はしゃいでたもんね」
カオルがそういって笑う。
珍しく、ミユも笑っている、ように見えた。
「あ、じゃあさ、あれもしないとね、勇者ごっこ」
一瞬、全員が身動きできなくなった。
「あ、あれ?どうしたの、みんな?懐かしいじゃん」
「…ああ、そうだな。懐かしいな」
コウイチが続けた。こういう時の冷静さはこいつの取り柄だ。フミアキは一点を見つめて動かなくなっちまった。
「勇者ごっこか」
ミユが口にした。
やめろ。
「ユースケくんもいればよかったね」
反射的に俺が振り上げた腕を、コウイチが無理やり掴んだ。
カオルは我に帰ったように青ざめている。魔法で石にされた少女。柄にもなくそんな事を思った。
「ミユももう言うな、わかったな?」
ミユはこんな時でさえ微笑みを浮かべたままだった。さっきと同じように。
「着替えてくる。汗かいたから」
そのまま風呂場へと消えていった。ミユの姿が見えなくなってから、ようやくコウイチは俺の腕を離した。
「ったく…」
俺は赤くなった腕と、あの時あの場所と同じ木造の屋根を見上げた。
あの夏の、あの秘密基地の屋根によく似ていた。
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