第19話 魔法少年ルドルフ・ホーゲルシュタイン

 フレイアからの説教を受け、カスパールが教室に戻ってきた頃にはほとんどの生徒が給食を食べ終えていた。

 給食は班が割り振られその中で食べるのだが、半数以上の生徒はすでに席を立ち別の班の友達と話すなどしている。

 レベッカはカスパールとは別の班だったが、食事を終えてカスパールの席の近くで彼を待っていた。

「カスパール、遅かったじゃない。先生に怒られてたの?」

「うん、二人と一緒に叱られてた。……給食、残りの時間で全部食べれるかなあ」

 カスパールはこう言うと、席に座り食事をる。

「その食べっぷりなら、多分全部食べれるんじゃないかしら」

 バクバクと給食を食べ進めるカスパールを見て、レベッカはそう呟いた。


 そんな二人のところに、ルドルフがやってきた。

「あの、カスパールくん……。さっきは助けてくれて、ありがとう。ボクって小さくて弱っちいから、よくあの二人がああいう風に意地悪してくるんだ」」

 ルドルフはぺこっと頭を下げ、カスパールに感謝を伝える。

「いいっていいって。僕は弱い者いじめを止めたかっただけだよ」

 そうカスパールは言うが、その表情は少し嬉しそうだった。スプーンを持ち、照れ隠しする様に急いでスープを口に運ぶ。

 できてから時間が経っていたためか、スープはめていた。

「はは、ちょっとぬるくなってる」

 カスパールの呟きに、ルドルフが反応する。

「あ、そういえばお礼してなかったね。……もしよかったらだけど、もう一度そのスープをあったかくしてあげようか?」


 ルドルフの言っている意味が分からず、カスパールとレベッカは首をかしげる。それを気にもめずに、ルドルフは手をスープのある方向に向けた。

 二十秒ほど時間が経つと、スープが湯気を出し始める。……ルドルフはなんらかの魔法を使い、スープを温めたのだ。

「ねえ、これって……」

 レベッカがルドルフに質問する。ルドルフは赤く男子にしては長い毛を耳にかけると、ふふんと得意げな表情を浮かべた。

「ボクの魔法だよ。五歳くらいの時からいろんな魔法が使えるようになって、その中で一番得意なのが火の魔法なんだ」

 レベッカは実にたまげたと言わんばかりの表情をしていた。一方、カスパールはパンを口に入れながらおーと相槌あいずちを打つ。

「すごいじゃない、ルドルフ! あたしも魔法使えるけど、あたしと同い年で使える人って他に見たことないし」

「ありがとう! ボクはいつかこの魔法で、人の役に立てるようになりたいんだ」

 ルドルフが嬉しそうに微笑むと、突然どこからともなくぐるるという音が聞こえてくる。

 その音は、明らかに誰かの腹が鳴っている音だった。


「あ、ごめんね。ボクのお腹からぐーって音がしちゃった」

 ルドルフは恥ずかしそうに右手で腹を抑える。スープを半分ほど飲んだカスパールがふとルドルフの席の方を見ると、そこにはほとんど手をつけられていない給食があった。

「ねえ、ルドルフって給食食べたの?」

「あ、ボク今日は食べてないんだ。なんか今日は、

 何も食べていないのに満腹感がある。話を聞いた二人には、ルドルフの言ったことを全く理解できなかった。

 普通は考えられない現象。一体どんな要因でこのようなことが起きているのだろうか。

「え、それって大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。ボクはたまにこういうことがあるだけで、いつもじゃないよ」

 ルドルフの答えを聞いても、二人は心配そうな表情のままだった。

「ルドルフ、もしかして食べてないからそんなにちっちゃいんじゃないの? ほら、とりあえず牛乳飲んでみたら?」

 そう言って、カスパールは自分の牛乳をルドルフに渡した。だが、もちろんただルドルフの体を大きくするだけが理由ではない。

 それを証明するかのように、レベッカは彼を冷ややかな目で見ていた。


「ねえカスパール、もしかして飲みたくないからルドルフくんに渡したの?」

 カスパールは図星ずぼしを突かれ、思わずびくっと反応する。冷や汗をかきながら、首だけレベッカの方に向けた。

「い、いや……。僕はただルドルフのために牛乳をあげただけで……。ほら、牛乳を飲めば背が伸びるって言うし、僕よりルドルフが飲んだほうがいいかなー、って……」

 カスパールは慌てて言い訳をするが、レベッカの目線はさらに冷ややかになる。

「る、ルドルフだって、あいつらにいじめられないように……」

「ごめん、気持ちだけ受け取っておくね。やっぱり、好き嫌いはダメだよ」

 抵抗むなしく、ルドルフは牛乳瓶を返してしまう。カスパールは自分の手に戻ってきたそれを涙目で見ていた。

「飲みなさい」

 カスパールは懇願するような目でルドルフを見るが、小さく首を横に振られてしまう。結局、彼は牛乳から逃れることは出来なかった。

「うえっ……。なんでこうなったの……」

 蓋を開けたカスパールは、その匂いにえずきながら口から本音が漏れてしまっていた。

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