第18話 救いの拳と新たな出会い

 入学式から一月ほど経ち、残暑も過ぎていよいよ秋となったある日のこと。

 カスパールとレベッカは、給食前の手洗いを終えて教室へと戻っていた。

「ねえ、二たす六ひく四って、どういうふうにやるんだっけ?」

「三ついっぺんに考えちゃダメよ。まずは二たす六から……」

 レベッカがカスパールの算数についての質問に答えていると、突然廊下の奥の方から泣き声が聞こえてくる。

 えーんえんと泣く声を聞き、カスパールとレベッカは声のする方へと走る。

 泣き声は、D組のあたりの廊下からであった。小柄な少年が、太った子供と面長な子供に虐められていたのだ。


「おい、ぶつかった肩どうしてくれんだよ、いてーんだよ。なあ、シャザイのココロってもんがねーわけ?」

 太った方のいじめっ子が、右手で左肩を指差しながら怒鳴っている。面長の方はそれに追随し、うんうんと首を縦に振っていた。

「うっ、うぐっ……。ボクさっきアロイスくんに謝ったじゃん、それなのにライナーくんがボクを蹴って……」

「ルドルフ、お前あの程度で謝ったとか言えねーだろ。本当に悪いと思ってんなら、そんがいばいしょー払え! 百万エルベだぞ!」

 平民の平均年収およそ八年から九年分というあり得ない額の損害賠償を、根拠もなく言い渡す太った方──もといアロイス。もちろんそんなの払えないとルドルフは拒絶するが、それを聞いたアロイスはルドルフの肩を殴った。

「払えねーなら、代わりに百万発ぶん殴ってやるよ!」

 そうして面長のライナーが拳を向けた瞬間、横から何者かが廊下を走ってきた。

 廊下を走って三人のところに来たのは、怒った顔をしたカスパールだった。拳を握り、ライナーの後ろに来ると拳を振るった。


「てめえ、一体なんのつもりで……うわっ!」

 カスパールはライナーの背中を殴ると、次にアロイスの尻に蹴りを入れ肩を殴る。

「おいデブ、立てよ! この卑怯者!」

 カスパールが大きな声を出すので、周りにいた生徒たちがざわつき始める。──逆に言えば、カスパールが殴るまで周りはただ給食を食べるための手洗いや教室に戻るのに動いていただけだった。

「だ、誰がデブだこの金髪野郎! それに、後ろから人を殴るのだって卑怯だろ!」

 アロイスは立ち上がってカスパールの顔面を殴り、カスパールはその仕返しで肩や腰などに殴る蹴るといった攻撃をする。

 二人の喧嘩はだんだんエスカレートしていき、しまいにはカスパールがアロイスに金的を入れようとまでしていた。

「ちょっと、やめなさいよ!」

 あとから来たレベッカがカスパールをなだめ、なんとか喧嘩が収まる。だが、彼の拳はそれからも握られ続けていた。


「で、一体何があったのよ?」

 レベッカがカスパールとアロイスらの間に立ち、喧嘩の原因を聞く。

「この金髪がライナーを後ろから殴ったんだよ、だから俺が仕返ししてやっただけだ」

「このデブとデカッ鼻がルドルフをいじめてたから、守ってやっただけだ」

 なんだとと互いに反応し、再び喧嘩が起きそうになる。

 レベッカが引き止めたおかげで殴り合いにはならなかったが、二人は依然いぜんとして一触即発の状態にあった。

 当事者は全員同じクラスであった。しかし、そのためか争いも起きてしまうのだろうか。

「みんな同じクラスなんだから、そんなに喧嘩しちゃだめでしょ! ……ところでアロイスくんとライナーくん、ルドルフくん泣いてたけど一体何してたの?」

 レベッカがいじめっ子二人に、自身らの行動を説明させる。

「あのチビが俺にいきなりぶつかってきて、ちゃんと謝らずに通り過ぎようと……」

「ぶつかられただけなら、お金いらないでしょ?」

 大柄なアロイスにも怯まず、レベッカは問い詰める。

「いや、謝る気持ちあるなら何か……」

「そこまでだ、アロイス、ライナー」


 二人の後ろに、腕を組んだフレイアが現れる。いきなり現れた教師に驚いた二人は、思わずわあとなさけない声を上げてしまった。

「せ、せんせー……」

 二人が後ろを振り返って見上げてみると、むうと不機嫌そうな表情をしたフレイアがいた。

 ちょっときなさいと言われ、渋々二人は彼女についていった。

「いやー、あいつらが先生に連れてかれて、いい気味だ」

「カスパール、君もだ」

 へへんと得意顔で笑うカスパールにも、フレイアは出頭命令を出す。

「なんでだよ、先生……。俺はただルドルフを助けただけで……」

 不満げな表情で訴えるカスパール。しかし、もちろんフレイアは理由なしに彼を呼んだわけではない。

 アロイスとライナーの後ろをとぼとぼと歩くカスパールに対し、フレイアは言う。

「人助けは結構だが、本来君たちみたいな子供は問題が起きたら大人を頼るべきだ。当人だけで解決できないから、こういう喧嘩が起こるんだろう」

 カスパールは、そう言われても不満げな表情を変えなかった。

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