第16話 新たな日常は決意と共に

「カスパール、起きて」

 レベッカがカスパールの身体をすり、なんとか起こそうとする。

 カスパールはんあと間の抜けた声を出し、眠りから覚めた。

「カスパールくん、レーメンの駅まであと少しですよ」

 まぶたこするカスパールに、今度はオスカーが声をかけた。慌てて窓から外を見てみると、そこはすでに発展した都市の中だった。

「朝ごはん食べて外の景色を見るって言ってたのに、あたしがいなくなったらすぐ寝ちゃったのよ」

 レベッカはすでにリュックを背負い、降車の準備を整えている。オスカーもショルダーバッグを肩に掛け、いつでも降りることができるようになっていた。

 カスパールはそれを見て、自身もリュックを背負い汽車を降りても大丈夫なようにする。

 それから数分経ち、汽車は一晩の旅を終えた。


「やっほー!」

「こら、そんなにはしゃぐと転び……うあっ!」

 はしゃいで駅構内から外へ駆けていくカスパールを止めようとしたオスカーが、階段でつまづいて転ぶ。

「オスカーさん、自分が転んでどうするの」

 レベッカに言われ、あははと口に出しながら立ち上がるオスカー。しかし、彼はそんな二人を見て安心したような表情だった。

 つい三日前、二人の子供は恐ろしい光景を目にしたのだ。

 特にカスパールにとっては、その衝撃は大きいだろう。目の前で巨大な怪物に母親が喰われ、父親が踏み潰されたのだ。

 心に傷を負っているはずの子供たちが元気そうにいる姿を見て、オスカーは「よかった、よかった」と口に出した。


「ねえ、これからどこに行くの?」

 階段を降りてきたオスカーに、カスパールが質問する。

「んと、そろそろ車がこっちに来ると思うけど……」

 オスカーが辺りを見回した時、ちょうど一台の白い車が駅前広場にやってきた。

 車のナンバーを見たオスカーは、自分の場所を知らせるため大きく手を振った。カスパールも彼を真似て手を振り、車に存在を知らせる。

 車は徐々じょじょに速度を落とし、三人のちょうど前あたりで停車した。扉が開き、中から三十代ほどの夫婦が降りてきた。

「オスカーさん、でしたっけ? 先日はご連絡いただき、ありがとうございます」

 男は握手をし、女は軽く頭を下げる。

「いえいえ、討伐隊の方が引き取り先に困っておられたところを、そちらにご連絡しただけです。こちらこそ、お引き受けいただきありがとうございます」

 丁寧で固い口調の大人たちを、カスパールは退屈たいくつした様子で見ていた。


「さて、あのおじさんたちとのお話も終わったし、今度は君たちにお話ししなきゃいけないことがあるんだ」

 オスカーが、お手玉で遊んでいた二人の注意を自身に向けた。空中に放ったままになっていた一つのお手玉が、カスパールの頭の上に落ちる。

「実は……カスパールくんは、今日からあのおじさんとおばさんと一緒に暮らすんだ」

 カスパールはあまり意味がわからず、「ん?」と疑問を浮かべる。

「つまり、あの二人が君のご両親の代わりになるんだ。わかった?」

「でも、二人ともお父さんじゃないしお母さんじゃないよ?」

 カスパールはオスカーに反論する。しかし、レベッカはきちんと意味を理解していた。

「……つまり、お父さんお母さんの代わりに、カスパールのお世話とかしてくれる人ってこと」

 レベッカはカスパールのために、わかりやすく説明した。カスパールも理解したようで、なるほどと口に出していた。


「さてみんな、車に乗ろう。……こっちの女の子の引き取り先って、もう見つかっているんですか?」

 男──もとい、おじさん(三十四)は車に乗り込みながらオスカーに問う。

「ええ、一応。同じオーツムの村なので、交流に支障はなさそうです。小学校は遠いですが、低学年のうちは車で送り迎えをすれば大丈夫でしょう」

 そのまま全員が車に乗り終えると、おじさんが車のドアを閉めアクセルを踏む。

 車は北西方面へと進み、オーツムの村へと走っていった。

「ねえ、カスパールくん」

 おばさんがカスパールに声をかける。

「大きな化け物が出た、って言ってたわよね。ちゃんと寝れたり、ご飯食べれたりしているかしら?」

 カスパールはうんと返事をする、さらに、続けて口を開いた。


「大丈夫。お父さんとお母さんの指輪が、僕にはあるから」

 そう言って、カスパールはズボンの右ポケットに手を当てる。

「あらまあ……。その指輪、大切にしなさいね」

「うん。あと僕、大きくなったら僕を助けてくれた人が言ってた討伐隊っていうのに入って、お父さんとお母さんをあんな風にした化け物を僕が倒すんだ!」

 話を聞いた大人全員が、一斉いっせいにカスパールを見る。その中で、一番最初に言葉を発したのはオスカーだった。


「カスパールくん……。それは、やめておいた方が……」

「新聞で見たけど、グランドオークってのはこの国でも類を見ないほど恐ろしい化け物なんだ。……悔しい気持ちはわかるけど、やめておきなさい」

「あなたまで、お父さんたちみたいになっちゃダメよ」

 三人の大人は、カスパールの敵討かたきうちに対し口々に反対をする。

 彼がむうとうなる中、レベッカが肩を指で軽くつつく。

「私の魔法が、あれだけしか効かなかったのよ。やめといた方がいいとは思うけど……。でも、どうしても本当にやりたいなら、あたしもついて行く」

 レベッカは真剣な顔をして、カスパールに自分の意思を伝えた。


「みんな、心配ありがとう。でも、僕は悔しいんだ。やられっぱなしでそのままなんて、絶対に嫌だ」

 カスパールはレベッカの方をちらりと見て、それから前の方を再び向いた。

「だから……。僕は絶対にあの化け物を倒すよ」

 カスパールは真剣な顔で、自身の決意を伝えていた。停止信号が出ていたので、車がここで一度止まる。

「あの子、歳の割に芯がしっかりしてるのね……。ねえ、なんて声をかけたらいいかしら?」

「まあ、そのうち現実を見てやめるか魔法科の専門中学までその意思を貫くかだな……。どっちにせよ、本気の子供を頭ごなしに否定するわけにはいかん」

 前列にいる二人が、カスパールについて話している。オスカーはそれを聞いていたが、今後両親の代役となる彼らの話に割り込もうとはしなかった。

「……わかった。だけどまずは、小学校でしっかり勉強することだ」

 うん! と、カスパールは大きな声で返事をした。

 ……ここから、カスパールの物語が始まったのだ。


 月日は過ぎていき、七月から九月になった。月は二つ変わったが、実際に過ぎたのは一月と少しだ。

 カスパールとレベッカは、レーメン北西部にある小学校へと通うことになった。この時、まさにその入学式がおこなわれていた。

「これより、レーメン第五小学校の入学式を行います。……起立!」

 起立の合図で、新入生が立ち上がる。

 言うまでもなく、その中にはカスパールとレベッカの姿があった。

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