第14話 ルベリンからレーメンへ

「お、起きてきたか。……確かレベッカ、って言ったっけか?」

 ディートリヒがいなくなって再び足を組んだラインハルトは、カスパールから聞いたレベッカという名を口に出す。

「はい、あたしがレベッカです……」

 レベッカは戸惑いながらも小さくうなずく。

「二人とも起きてきたことですし、一応自己紹介だけしておきましょうか。……私はゲルダ・グラッツェル。よろしくね」

 ゲルダはワイシャツの胸ポケットから名刺を出し、レベッカに手渡す。

「げる……ぐらぜー?」

 レベッカはまだ文字がうまく読めず、間違った発音で読み上げる。

「俺はラインハルト・オッペンハイム。字がまだ読めんかもしれんが、一応俺も名刺を渡しておこう」

 ラインハルトもズボンのポケットから自分の名刺を取り出してカスパールに渡す。

「あ、ありがとうございます」

 二人はお礼を言うと、受け取った名刺をズボンとスカートのポケットに入れた。


「しっかし、どうすっかなあ……。こいつらがルベリン東討伐隊のシェアハウスにいれるのはそう長い時間じゃねえ」

 少し時間が経ち、ラインハルトはタバコの煙を吐き出してから言う。そして、再びタバコを咥えた。

「それより子供の近くでタバコ吸うのやめましょう。けむたがってますよ」

 ゲルダにそう言われてラインハルトが横を見てみると、カスパールとレベッカが鼻をつまみながら吐かれた煙を手で散らしている。

 ラインハルトは灰皿に吸い殻を押し付けると、再びゲルダのいるキッチンの方を向いた。

「レベッカちゃんのほうは適当な里親を見つければいいかもしれませんが、カスパールくんは貴族の子ですからね。反貴族の戦士みたいな人に渡すわけにはいかないですし」

 ゲルダは皿を洗いながら、ラインハルトの話を返す。


「保護した子供が殺されたなんてことになりゃ、俺たちは大目玉だ。その辺のやつに預けるより、貴族サマってんだから分家があるか調べたほうが安全で手っ取り早い」

 ラインハルトはそう言うと、タバコの代わりになりそうな菓子を探そうと辺りを見回した。

 すると、彼の視界にピンと手を伸ばすレベッカが入る。

「あ、あの……」レベッカは小さく声を出す。

「住むところは、カスパールと近くしてください」

 レベッカはラインハルトに小さな──しかしはっきりとした声で希望を述べる。

 ラインハルトは自身の大きな手で彼女の頭を撫で、それから口を開いた。

「わかった。なるべくその希望通りになるようにする」

 ラインハルトはレベッカの頭から手を離した。


 それから少し経ち、カスパールとレベッカがリビングで絵本を読んでいるところに再び家のドアベルが鳴る。今度はディートリヒとは違い、気弱そうな男の「すみませーん」という声が聞こえて来る。

 ラインハルトらの知らない者らしく、ゲルダが「郵便かしら?」と小さくつぶやいた。

 ラインハルトは玄関に行き、ドアを開ける。

「あのー、わたくしは貴族庁のオスカーと申します。討伐隊の人命保護班の方とお聞きしたのですが、お間違い無いですか?」

 そこにいたスーツを着た中性的な若い男が、出てきたラインハルトに丁寧な口調で質問した。

 ラインハルトは表情を変えずに「ああはい」と言い、続きの言葉を待つ。

「わかりました。ではその……。リヒテンベルグ家という家の者の保護は……しましたでしょうか?」

 オスカーは本題に移る。ラインハルトは身長は平均的だが筋肉量が多く、小柄で気弱なオスカーの声は少し震えていた。


「こっちで一人だけ、当主の息子らしき子供を保護しています。ですが、両親が化け物に喰われてしまいまして、今残っているのはその子だけです」

 ラインハルトは神妙な面持おももちで状況を伝える。

「そうですか……。その子供の引き取り先って、もう決まっていますか?」

 つい数十分前に話していた話題が、オスカーの口から出される。

「いや、決まってないですね。分家とかあるようなら、そっちに送ったほうがいいかなとは思っていますが」

「ありますよ」オスカーは答える。「ここから数百キロ西に行ったところのレーメン、その近郊にあるオーツムの村に、リヒテンベルグの遠い親戚がいます」

 それを聞いたラインハルト──と、いつの間にか後ろにいたゲルダは安堵したような表情を浮かべた。

 あとはその分家に連絡を入れれば、カスパールの引き取り先が決まるも同然と言えるだろう。


「本当ですか? よかったです、私どもの方でも引き取り先をなかなか決めれずにいたので、どうしようかと思っていました」

「いえいえ。では、その子とはわたくしが同行させていただきます。切符きっぷ代は経費から出ますので、そちらの方はご心配なく」

 この時、ゲルダとラインハルトは、レベッカのことについて話すのをうっかり忘れていた。しかし、彼ら二人が言う必要はなかった。

 後ろからレベッカ本人が駆けてきて、二人の間に入る。

 ラインハルトがレベッカの顔を見た時、彼はやっとレベッカの話していたことを思い出した。

「あ、この子もできれば連れて行ってやってください。この子はリヒテンベルグの息子のお友達で、同じく親を亡くしています」

 ドアを閉めようとしていたオスカーが、閉まろうとするドアを慌てて止める。

「わかりました。あ、早ければあす出発になりますので、一応準備はしておいてください」

 こう最後に言い残し、オスカーは家の前から去っていった。

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