第12話 救いの手
「逃げよう、僕たちだけでも」
カスパールはレベッカの手を引いて逃げようとするが、レベッカは硬直してしまい動かない。
「ねえ、レベッカ、なんで動かないの……」
子供とは言え、人間を一人運ぶためには力がいる。さらに、それが硬直しただの物体のようになってしまった者なら、それも当然と言えるだろう。
だが、レベッカはすぐにある程度の正気を取り戻す。しかし、それでも逃げようとはしていなかった。
「……パパとママは?」
レベッカはか細い声で化け物に対し尋ねる。
「パパとママは、どうなったの? もしかして、食べちゃったの……?」
レベッカの声を聞くと、化け物はへっへっへと汚い笑みを浮かべる。
「……さあ、おめえの親の顔なんざ知らんが、この村の人間はあらかた食うか燃やすかして死んでるはずだ。二人ほど分解魔法が効かないやつがいたが、そいつも今やこの俺の腹の中だ」
『分解魔法が効かないやつ』。それは、強力な魔法使いであることと同義である。
……つまり、レベッカの両親である可能性が非常に高い。彼女もそれを察したためか、身体の震えが強くなる。
レベッカが目に涙を浮かべながら、
「う、うう、うあっ……。うわあああああああああああああああん!」
叫ぶような声を上げて、レベッカは化け物の方へ両手を向ける。
化け物は分解しようと大きく息を吸い込もうとするが、その瞬間にレベッカの両手から強力な光線が放たれる。反動によって撃たれるべき方向へは進まなかったが、それでも角度のズレは化け物の身体に辛うじて当たる程度でとどまっていた。
光線はすぐに化け物の手の方へ向かう。方向のズレが幸いしてか、化け物は予想もしていない方向に飛んできた攻撃に対処が出来なかった。
「ブオオオッ!」
光線は化け物の手の指を二本切断し、そのまま地面に着弾し砂を
「レベッカ、レベッカ! お願い、立ってレベッカ!」
カスパールがレベッカの手を引っ張り、無理にでも立たせようとしている。だがレベッカははあはあと息を切らせ、呼吸をするのもやっとという常態だった。
そんな二人にも、化け物は容赦無く仕返しをしようとする。
「ブイイイイッ、よくもやってくれやがったな……。指を再生する前に、まずキサマらを焼き尽くしてやろうか」
化け物は再び大きく息を吸い込む。今度は分解魔法ではなく、二人を焼き尽くす魔法を放つために。
カスパールは諦めずに、レベッカをなんとか立たせることに成功する。そのままなんとか逃げようと、肩を組んで少しでも化け物から離れようとしていた。
しかし、化け物のほうはすでに準備万端だった。口の隙間からは赤い光が漏れ、すぐにでも攻撃できる状態にあった。
そして、化け物の口が開かれる。
その口から放たれた炎は、今にも二人を焼き尽くさんとしていた。
「危ないっ!」
二人が消し炭になろうとしていたその時、カスパールの手を箒に乗った何者かが引く。その時レベッカが落ちそうになっていたが、カスパールはなんとかレベッカの手をを掴んで落とさないようにする。
間一髪のところで二人は炎を避け、その場で焼かれることは避けられた。
二人は手を引いた者の顔も見ないまま少し高いところまで行く。
だが、カスパールはレベッカの重さに耐えられず、彼の手からレベッカの手が離れてしまった。
レベッカの身体は、そのまま地に落ちようとしていた。
そこに、もう一つの救いの手が現れる。箒に乗ったもう一人の人間は、落ちてきたレベッカを抱えて受け止めた。
「……大丈夫か?」
レベッカを抱えたのは、軍服を着た筋肉質な男。両手でレベッカを抱えたまま、箒に跨って空を飛んでいる。
もう一人、カスパールの手を引いているのは短い金髪の女性だ。こちらも軍服を着ており、二人が同僚だというのは想像に
「う、うわあああああああああああああん!」
レベッカは男の腕の中で泣いていた。それが安堵か恐怖かは、おそらく誰にも見分けられないだろう。
一方、カスパールは女性によって箒の後ろに乗せられる。カスパールは声を出して泣いてはいないものの、静かに涙を流し女性にしがみついていた。
「ゲルダ、なんとか子供を二人救出したが、こいつは相当やばそうだぞ……。あのオークの掃討は、俺たちにも無理そうだ」
「討伐隊主力が来るとは聞いていますが、あのレベルだと彼らにも勝てるかわかりません。ラインハルト、私たちはこの二人をルベリンまで避難させましょう」
ラインハルトはうんと頷き、ゲルダとともに箒の進路を西方面に変える。カスパールとレベッカの二人は、避難のためにルベリンへ向かうこととなった。
その時、ルベリンへ向かう四人の上を複数の箒が通過した。それぞれ一人もしくは二人が乗り、村にいる化け物のところまで向かっていた。
別の方向からも、討伐隊らしき人間が箒やじゅうたんに乗ってやってくる。
彼ら全員の目的は同じだった。オーヘルハウゼンを襲った化け物を退治するため、有志としてやってきたのだ。
「……なあゲルダ、あの討伐隊の人員で勝てると思うか?」
「正直、無理としか言えないでしょう。昨日グランドオークが出た時も、ほとんどダメージを与えられず三割の損害が出ましたし」
ラインハルトとゲルダは、そう悲観視していた。
……実際に、彼らには大きな損害が出たにもかかわらず、この日もグランドオークに決定打を与えることができなかった。
この日、出動した討伐隊員は全四十二名。うち十七名が死亡し、五人が負傷。残った二十名の隊員は、悲壮な面持ちで拠点に帰還したという……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます