第7話 ハインツ・ホルシュタイン

 カスパールたちの乗る車は、目的地であるラウスニッツ宮殿の敷地へと入ろうとしている。

 カールが門兵に免許証と身分証を見せると、宮殿の入り口を遮るバーが上に上がる。カールがアクセルを踏むと、いよいよ宮殿の敷地に入っていった。

「よし、どこに駐車しようか……」

 三人の乗る車が入った入り口は、そのまま広い駐車場に繋がっていた。すでにいくつかの車が停められていたが、それらはすべて輝かしいエンブレムやマークがついていた。


 カールはそのまま宮殿の建物の方へと車を進ませ、建物に一番近い列の駐車スペースでそれを停めた。

「わあ……」

 車から降りたカスパールは、目の前の巨大な宮殿に圧倒されていた。

「イルザ、せっかくだから宮殿の中を見ていくといい。私はカスパールを連れて陛下に会いにいく」

 三人は宮殿の入り口まで歩く。そこでも大柄な警備兵が身分証の提示を要求していたが、それを難なく突破し建物の中に入った。


 建物の内部はまさに豪華絢爛ごうかけんらんと言えるものだった。床には赤のカーペットがかれ、イルザの履くハイヒールのカツカツという音がしなくなる。

 天井に吊るされた照明にも豪華な装飾がなされており、何より建物そのものが大理石を基調とした設計となっていた。

「では、私はここで」

 二階へと上がる階段の前で、イルザは足を止める。カールは軽くうなずき、カスパールの手を引いて階段を上がっていった。カスパールは母にバイバイと大きな声で言おうとしたが、最初の音を発したところでカールに口を手でふさがれた。


「こら、静かなところで大声を出してはいかんと行っただろう」

 カールがカスパールをさとしていると、何者かがはははと声を出しながら二人の元へ近づいていた。

「まあ、よいではないか。子供は元気が一番だからな、迷惑にならん程度であれば騒いでもよかろう」

 口ひげを生やし、モーニングコートに白金のブローチをつけた恰幅かっぷくの良い男が、カールの方を軽く叩く。

「は、ハインツ閣下!」

 男の声を聞くと、カールは慌ててそちらを見る。その姿勢は正され、表情からも緊張がにじみ出ていた。

 この男こそ、グリム帝国の公爵こうしゃくであり宰相さいしょうである、ハインツ・ホルシュタイン公であった。


「おとうさん、このおじさんだーれ?」

 右手で緊張したカールの服の袖をつまみ、左手でハインツのほうを指差す。

「なっ!」

 カールは思わずにらむような目つきでカスパールを見る。

 国内でと言われるホルシュタイン家当主を、自分の息子が『おじさん』などと呼んだのだ。いくら彼と関わりがあるとはいえ、失礼なことがあっては立場に影響が出るのは避けられないと考えたのだ。

「このお方は、ハインツ・ホルシュタイン公というのだ。くれぐれも、おじさんなどと呼んではならんぞ」

 慌ててカスパールにハインツの名を教える。すると、ハインツはカスパールを抱き上げた。


「よーし、おじさんが高い高いしてあげよう。ハインツ公などと呼ばんで、おじさんでよい」

 笑顔でカスパールを持ち上げ、たかいたかーいと言いながら頭の上にカスパールを上げたり腰のあたりまでおろしたりする。

「私は子供が好きなのだ。息子二人だけでなく、自分が抱き上げた子供の名はすべて覚えておる。この子は確か……カスパールと言ったか?」

「は、はい」カールは安堵した表情で答える。それに続いて、「そういえば、ハインツ閣下のご令息はどちらにおられるのでしょうか?」

 ハインツはカスパールを地面に降ろし、カールのほうを見る。

が次男フリードリヒは別邸におる。兄のエーリッヒは……。ひどい目にっておらんとよいのだが……。まったく、姫様と同い年に生まれてしまうとは」

 ハインツはひたいに手を添え、心配そうな表情でそう漏らした。

「閣下、無事を祈るしかないでしょう……」

「そうか……。最近再び魔物の活動も活発化してきているし、姫のことも相まってこの国の未来が心配になるなあ」

そうハインツは返し、額に添えていた手で口ひげをいじった。


「ところで、あと何分ほどで集合時間でしたっけ?」

 カールの質問に答えるため、ハインツはふところから懐中時計を取り出す。ふたを開け、中の文字盤を見て時間を確認した。

「おっと、そろそろ時間だ。陛下がおわす三階には、もう上がったほうがよかろう」

 ハインツにそう言われ、カールは慌ててカスパールの手を握る。そのままハインツとともに、皇帝のいる三階へと上がっていった。

「ねえ、今からこうていって人に会いにいくの?」

 階段を上がっていると、カスパールが父に質問をする。

「そうだ。お前も大人になったら陛下に会うことになるかもしれんから、今のうちに顔を覚えておくと良いだろう」

 カールがそう言い終えたとき、彼は階段の最後の段を登った。

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