第6話 幼きカスパール、帝都ルベリンヘのドライブ旅

 それから三十分ほどが経過し、カスパールと両親は昼食を食べるために食堂に集まった。それぞれ席に座り、地元産の高級な食材を使った料理を前にする。

 焼きたてパンと山のさち。この日の昼食は、最近の中でもかなり豪華と言えるものだった。

「うーむ、これはうまい。あとで料理長と猟師には礼を言わねば……」

 カールとイルザの皿に乗る肉はワイン煮されていた。途中で食べ終わったカスパールが二人に肉をねだったが、酒を使った料理のため二人はダメだと言った。

 むっとした表情をしていたカスパールだったが、代わりとして執事がプリンを持ってきた。カスパールは機嫌を直し、パクパクとそれを食べる。

「カスパールは本当にプリンが好きね」

 イルザは口元を拭き、微笑みながら息子を見ていた。

「うん、プリン大好き! やわらかいし茶色いところは甘いし、おいしい!」

「……まあ、確かにあれは美味しいな。うちに帰ってきたら、私もいただこうかな」

 カールは口に含んでいた肉を飲み込むと、カスパールがプリンを食べているところを見ながら言った。


 それからしばらく経つと、二人の食事がようやく終わる。

「さて、そろそろ帝都に向かわねば。イルザ、君も来るか?」

「ええ、そうしましょうかしら。私がルベリンに最後に行ったのは、もう二年も前ですからね。あなたは、ハインツ公に貴族院議員への推薦をいただきに最近よく行ってますけど」

 男爵と公爵。本来話すことすら珍しいような身分の差だが、男爵であるカールとそのハインツという公爵には一定の関わりがある。

 貴族院の議員になるため、カールはハインツと関わり地盤を固めているのだ。

「ああ。ハインツ卿にも息子がおられるから、その点でもそこそこつながりは持てている。……しかし、なあ……」

 カールは何かを言いかけるが、そこで止まる。イルザもそれを見て何かを察し、それ以上話すのはやめた。

「……さあ、そろそろおうちを出ましょう。……カスパール、ちゃんとボタンはめれた?」

 うん、とカスパールは答える。


 高いモーニングコートを着たカールが黒い自動車の運転席に乗ると、イルザは助手席、カスパールは後ろの席に乗る。

 カールとイルザはそれぞれシートベルトを着け、カスパールも父に「ほら、カスパールもつけなさい」と言われてシートベルトを着けた。

 こうして、いよいよリヒテンベルグ家一同での帝都ルベリンへのドライブが始まった。

 屋敷から左に曲がり、帝都のある西方面へと車を走らせる。

「わあ、やっぱり速いなあ……」

 カスパールは目を輝かせながら、車の窓ガラス越しに外を見る。そこからの景色は常に流れるように変わっている。

 車は田園地帯を過ぎ、針葉樹林のほうへと入っていった。


 五十分ほど時間をかけ、車は帝都へとたどり着く。ここからさらに車で十分ほどで、皇帝の住まうラウスニッツ宮殿きゅうでんに到着する。

 ルベリンの街並みはまさに近代的と言えるものであった。ところどころにビルが建ち、多くの人々は大量生産品であろう洋服を着ている。道には街灯がいとうが立ち、電柱や電線により各家屋かおくへと電気を供給していた。

「どうだ、カスパール。お前はこの街に来たのは二歳のころだから、あんまり覚えてないだろ?」

「あら、カスパールはずっとお外を見ていますよ」

 カスパールは近代的な街並みに目を輝かせて、わあという声を出しながら外を見ている。あまりの興奮に、ガラスの一部が彼の息で曇っていた。

「……まあ、こういうものに興味を持つのも悪くはあるまい。宮殿まではまだまだ時間がかかるし、いい勉強になるだろう」

 そうですね、とイルザは返す。そのまま、車はルべリンの市街地を走り続けた。


 交差点で警官が振る手旗信号が止まれと信号を出しているため、カスパールたちの乗る車はその場で止まっていた。

「しかし、魔法と科学の決着はいつつくのか……。互いに派閥を作り合って、いつまで経っても議論が進まないではないか」

 信号待ちをしている間、カールはふと愚痴るように口に出す。

「まあ、難しい問題ですからね。政府が魔法に肩入れしすぎれば新たな技術の発展はできませんし、逆に科学に肩入れしすぎればそれまでの仕事がなくなってしまいますし」

 どうしたものか、とカールはひたいに手を当てる。手旗信号が進めに変わり、彼は再びアクセルを踏んだ。

「本当はこういうのは陛下がなんとかするべきなのだが、いかんせん陛下はこのことに手出しをしたがらんからなあ……。まあ、国中に影響があるようなことを勝手に決めてはいかんとのお考えだとは聞いているが」

 二人の会話をさえぎるかのように、カスパールの声が聞こえる。

「ねえ、パパ、ママ! あのおっきいおうち、なに?」

 車の進む正面に、巨大な宮殿が見えてきた。宮殿は白を基調とした豪華な造りになっており、正確な数を把握することができないほど多くの窓ガラスが張られている。

「ああ、あれが今日の目的地の宮殿だ」

 カールはより強くアクセルを踏み、車の速度を上げた。

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