第5話 カールの用事

 二人はそれからしばらくレベッカの家で遊び、それからカスパールが自分の屋敷に戻ろうとする。

「あれ、もう帰っちゃうの?」

 レベッカは寂しそうにカスパールを止める。

 カスパールはレベッカの方へ振り返り、彼女の顔を見た。

「うん、今日お父さんと一緒に、ルべリンまでいかなきゃいけないんだ。だから、お昼ごはんを早めに食べるんだって」

「へえ、なんで?」

 帝都ルべリンはこの村から三十キロほど離れている。その間にはいくつかの町があり、買い出しや貴族が出席する会合などはそれらの町でも十分に可能だ。

 ルべリンまで行くということは、それだけの用事がカールにはあるという事なのだ。


「うーん、わかんない。でも、お父さんはこうてい? って人に会いに行くんだって。……こうていって、変な名前の人だと思わない?」

 皇帝が何かを、カスパールはよくわからない。しかし、レベッカはその名を聞いてびっくりした表情になった。

「こうてい? こうていって、国で一番偉い人なんでしょ? あたし、パパから聞いたことあるの」

 皇帝の立場について、彼女は父から聞いていたようだ。カスパールはレベッカの話を聞き、思わず「え!」と叫んでしまう。

「お父さん、そんな偉い人から呼ばれたの?」

「そうみたいよ、あたしが聞いたことがあってたらね。……そうね、それならしょうがないわね。じゃあね、カスパール」

 レベッカはしぶしぶ納得し、カスパールは家を出ていく。


 一方カスパールの住む屋敷では、彼の両親であるカールとイルザが小部屋で二人で話していた。

「しかし、近衛兵が直接家に来るのは今月二回目だぞ……。しかも、今回は陛下に直接会ってくれなどと言ってくる」

「あなただけではなく、帝都に近いところに住んでいる全貴族を呼んでますし、出世も望めませんわね。しかも、子供がいる人は連れてきて欲しいだなんて……」

 皇帝は周辺すべての貴族を宮殿に呼び出し、何かを頼もうとしているらしい。

 彼らは何を頼まれるかはある程度察しているようで、そのことに関して苦悩しているようだった。


「陛下が相当お悩みになられているのはよくわかるが、万が一を頼まれた時にはお断りするしかあるまい。私は男爵だがハインツ公と親交があるから、あり得ない話ではないのが恐ろしいことだ」

 カールはテーブルの上にあるティーカップを手に取り、紅茶を一口飲む。

「だが、陛下にはご恩がある。そういう頼み以外なら、できる限りのことならしようと思っている」

 カールがティーカップを置いてそう言うと、イルザはふふふと笑った。

 現皇帝ハインリヒ三世の政策により、多くの民や貴族は潤っている。そのため、皇帝への支持はかなり根強くなっている。

 彼のおかげで助かった民は数多くいる。ただ、一つだけ問題があった。


「まったく、なぜあのような優しいお方からあんな娘が生まれるのか……。遺伝がどうこうと言っていた学者がいたが、あれが本当なのか怪しくなるくらいだ」

 問題なのは、ハインリヒ三世の娘だった。

 その姫君はカスパールやレベッカより一つ上の七歳なのだが、とにかく乱暴者だという噂がグリム帝国のみならず世界に知れ渡っている。

「ルイーズ姫がまともに育ってくださればいいのですが……。今のままでは、陛下の跡を継いだ後この国がどうなってしまうのか心配です」

 まったくだ、とカールは言う。

 壁にかかる振り子時計は、この時十一時を指した。時刻を知らせる鐘が教会の方から鳴り、イルザは椅子から立ち上がる。

「あら、もうこんな時間ですか……。そろそろお花に水やりをしなきゃ……」

 イルザは部屋を出て、そのまま廊下を歩く。一人残ったカールは、心配そうな表情をして残りの紅茶を飲み干した。


「ただいまー!」

 少し時が経ち、カスパールが屋敷へと帰ってくる。初老の執事が出迎え、カスパールは彼にお辞儀をしてから屋敷の中に入る。

「お帰り、カスパール。お母さんはお花に水やりをしているから、今はお外にいる」

 父の言葉に、カスパールはうんと返す。少し進んで食堂に入ると、少しづつ昼食の準備ができてきており、二、三人の使用人は何らかの仕事のためにか先に食事を始めていた。

「ねえ、お父さん。お昼ご飯って、あとどれくらいで食べれるの?」

「うーん……。家を出るのが十二時半くらいだから、あと三十分くらいしたら私たちも食べよう」

 食堂に入ろうとするカスパールの後ろで、カールが言う。父親の話を聞き食堂を離れたカスパールは、それからしばらくの間昼食を待ち続けた。

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