12月24日

 12月24日、曇り。

 クリスマスイブだというのに、商店街には相変わらず人がいない。まぁ、それもそうか。特に気にすることもなく花屋へ向かう。いつもなら、もうそろそろ透花さんが見えるはずなんだが…。今日は彼女の姿が見当たらない。自分の胸が静かにざわつくのを感じた。

 店の前へ到着しても彼女はいなかった。それどころか誰かがいる気配すら感じられない。

 まさか、何かあったのか…?嫌な考えを無理やりかき消しながら店の中へ入り、辺りを見回す。


「透花さーん、いる?」


 返事がない。どこかに出かけたのか?さらに奥の方まで進む。


「透花さん?いるなら返事して…って、あ!!」


 店の外側からは見えないレジカウンターの裏側、そこに彼女はいた。いたというか、倒れていた。顔色が悪く、意識は無いように見える。


「透花さん!?ちょっと、大丈夫!?」


 倒れていた彼女を抱き起こし、少し肩を揺さぶった。すると、眩しそうにゆっくりと目を開いた。生きていた…良かった…。


「…っ、誰…?」

「俺だよ、樹!…分かる?」

「あ、樹くん…?私、なんでこんな所に倒れて…」

「さっき俺が来たら倒れていたんだよ、何かあったのか?」


 彼女は眠そうな目をしたまま思案し始めた。


「えっと、確か昨日は、店の片付けをしてて…それで」

「それで?」

「…!!」


 それまでずっと微睡んだ表情をしていた透花さんが急に目をカッと見開き、立ち上がった。


「ど、どうしたんだ?」

「そうだ、あのワスレナグサの栞を見つけて、急に頭が痛くなったの!」

「ワスレナグサの栞?」

「そう!これ!」


 彼女がカウンターの上にあった栞を手に取って俺に見せる。この栞、確か…。


「これを見て頭が痛くなったときに、知らない記憶が流れてきたの。それで…気づいたら倒れてた」


 "知らない記憶"という言葉に一瞬耳を疑った。

 やはり彼女は記憶を取り戻しかけて――


 俺があれこれ考える前に、彼女が言葉を連ねていく。


「あの人達は誰なの?私は何かを忘れているの?」

「透花さん、その」

「…どうしてあの人達のことを考えるとこんなに悲しいの…?」


 彼女はとても混乱していた。俺の方を見つめる瞳からは涙が溢れていた。


「…わかんないよ、どうしたらいいの…?」

「とりあえず落ち着こ、ほら深呼吸して―」


 彼女の方に向かって手を伸ばした。


 べしんっ。

 透花さんは、俺の手を思いっきりはたいた。宙ぶらりんになった手がただジンジンと痛む。


「…」

「やっぱり、何か変だよ!樹くんは気づいていないの?何でこの街はこんなに人がいないの?どんなに探しても、君と私以外他に誰もいないよ」

「それに、テレビもラジオもスマホも繋がらない。おかしいことだらけだよ」

 堰を切ったように疑問が溢れ出てくる。俺はどうしたらいいのか分からなくて、

「大丈夫、大丈夫だから」


 となだめることしかできない。先程からボロボロ涙を零していた彼女の瞳がいっそう潤む。


「…私は、何でこんなおかしいことを当たり前だと思っていたの?」

「君は何か知ってるの?ねえ…教えてよ、何が起こっているの…?」


 彼女は気づきかけている。いや、思い出し始めている。自分のこと、世界のことに。

 俺が突きつけてしまっていいのだろうか。


 ―――透花さんにとって辛すぎる残酷な真実を。

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