第2話 『イファークと魔剣』

イファークと魔剣



〜はじめに〜

この物語は約二十年前の一次小説から抜粋しました。なので続くことはないです。書いて途中で挫折した(笑)。

がっつりファンタジーです。


登場人物

イファーク・J(ジェームズ)・キーナン

二十代男性。トレジャーハンター。










『イファークと魔剣』




 薄暗い洞窟だ。それがここの印象。


 ─…ある魔剣の噂を聞いて、通称、迷いの森と呼ばれる森の洞窟へ入った。

荷袋からランプを取り出し火をつける。



 湿気と黴の臭いに混じり、やけに鉄の臭いもしていた。




「地形からみて……坑道、とかじゃないよな~。なんだってこう鉄くさいんだ?」

 ランプの灯りを頼りに辺りを見回しながらゆっくりめに進むが、岩壁にはなんの変化もない。





 ……キキッ……!



 ふと、何かの鳴き声。立ち止まり、ランプを掲げてみる。



 『魔物』と呼ばれる、蝙蝠のような獣が、三匹天井からぶら下がって、赤い目でこちらを見ていた──通称、ディーバッドと呼ばれる魔物だ。




「─…ったく。楽させてくれないかなぁ~…」


 ため息はついたものの、ランプを邪魔にならないよう腰部分に引っ掛けて、後ろから短剣を抜き構えた。



 ちょいちょいと左手で、ヤツらを挑発した。


 早く戦いを終わらせたかったからなんだけど……ヤツらはそれがお気に召さなかったのか、耳障りな奇声を発しつつ、ご丁寧にも一体ずつ襲ってきた。



 戦いは一瞬で終わった。勿論、俺の圧勝だ。ヤツらの羽を瞬時にもぎ取り、致命傷ではないにしろ深い傷を体につけてやった。刃先についた、あまり好ましくない深緑の体液を、振って落としつつ短剣を鞘に収める。



「あんまり体力使わせるなよ~」


 お決まりの軽い捨て台詞をはいて俺は先を進む。





 結構、歩いてきた気がする。途中に分かれ道がなかったから単なる一本道なのだろうが……、そろそろ腹が減ってきた。仮眠はしたもののディーバッド相手じゃ色気もなにもない。




(これはハズレかなぁ~…)




 まぁ、俺のように世界一のトレジャーハンターともなればこういうことはしょっちゅうあるから気にはならないが、この洞窟──奥に進む度に鉄臭さが強さを増していくのは……気のせいですまされるか?



 なんとなく予感がする。それも、『良くない』ほうのだ。俺のこの予感は、良くないほうだけ、百発百中。外れたことはなかった。




 重い気持ちのまま足取りを進め、俺は再び歩みを止めた。



 ─…異臭がする。



 鉄臭いのは相変わらずだが、それとは違った、強烈な臭い──腐臭と入り混じる血と肉のにおいだ。






 …フ…グルルル……

 グシュ…フ、ルル………



 まるで、大きい熊が獲物を前にした鳴き声──その主はゆっくりと姿を現した───





「…レッドウルフか」

 どす黒い赤い毛に、火の粉のような鬣をもつ狼のような魔物だ。



 最初に姿を見せたのはリーダー格なのか、後ろの数匹よりふたまわりくらい体格差があり背丈が二メートルほどある。


「…またゾロゾロと…」


 いい加減、ウンザリしてきた。ここまで来るのに倒したディーバッドは何匹だったかな。

 それに加えてこのレッドウルフの数──七、いや八匹くらいはいるか。




「あ~、もうっ!」

 言うやいなや、俺は顔の前でパンッと手を合わせる。合わせた掌をゆっくりと横に開いていくと、その空間に産まれるは赤い光の球。



「赤と火に連なる四神、朱雀(スザク)!」


 詠唱ともに、右手の二本指で、菱形の四角形を先ほど発生した赤い光の球で描く。


「永久(とこしえ)なる炎の依り代を具現化せよっ!」


 次の詠唱では、左手の指二本で、菱形の上に普通の四角形を重ね描いた。そして──二つの四角形の辺を、右手の指二本で結び赤い光の八角形を作り出す。その八角形を前に押し出す形で包み込む。八角形は次第にくっきりと眩く強い光となり、俺は一呼吸して力ある術を発した。


「ノヴァイザー!」




 ─…キイィィン……



 八角形は固い金属音を発し、光が収縮し消えた一瞬のち、




 ……ズ…ゴオオォォォ……ッ!!





 赤い突風──いや、豪風が八角形のあった場所からレッドウルフ目掛けて放たれた。

 俺は術を放ってすぐに外套(マント)を頭から被ってその場にしゃがみ込んだ。




 ─…強風の音とレッドウルフの狂った雄叫び。その余韻が次第に薄くなり、




 …オォウゥゥゥ………




 嵐の鳴き声が完全に聞こえなくなってから俺はマントを外し立ち上がった。




「…火が好きなやつは火にまかれろって、よく言うよな」


 跡形なく元通りになった眼前を見据えてニンマリと笑う。




 俺が先ほど行ったのは魔術の詠唱とその動作。別に詠唱や動作がなくても術は発動できるが、詠唱と動作をやったほうが確実だし失敗しない。因みに──法術もまた詠唱と動作があり、魔術のそれとは少し異なる。




 鬱陶しいディーバッドらの憂さ晴らしが出来たので、俺は上機嫌で先に進んだ。







「…もう随分と歩いて来たんだけどな~…」



 流石に、飽きてきた…




 ─…もうかれこれ三時間弱は歩いてる。しかも一本道だ。


 薬草が落ちてるとか、それならまだ許せる。


 なーんにも無い。幅三メートルくらいの一本道をただひたすら進むだけだ。飽きもするっての。






「……ん? なんだ?」

 それからしばらく進むと、岩壁の所々に薄黒い染みが目立つようになってきた。一部の壁に近寄り、ランプの灯りをあててみた。


 ─…自然に出来た染み、というよりは……何かを拭ったような、何かが飛び散ったような感じの染み──



 手をあて感触を確かめた。なんの変哲もない硬い岩壁の感触。確認のため触った手を見てみたが何もついていない。





(…これって……もしかして──)




 ……血。




 そう気づく刹那──全身に意も知れぬ恐怖を感じた俺はその場から飛び退けた。



 ―…ビュウンッ!!



 眼前を、何かが頭上から掠め落ちた。


「ー…ッ?!」


 下を見て絶句。



 巨大な赤黒い刃がすぐ足元の地面にめり込んでいる。あと数分遅かったら……俺は頭から真っ二つだった。


 そんな風に想像して俺はゾッとした。



 すぐさまランプを横に掲げる。その灯りの先に見えたのは──






「─…っ! …お…、お前は…っ?!」


 そこにいたのはすっかり痩せこけた男。旅装束と思われる服は所々破れ、裂け、点々と黒い斑点を残している。




「…なんで……お前…、此処に……」



 その痩せた顔には、見覚えがあった。


 俺がーー




 数年前、俺がハンターになる時世話になった人物。ダーヴィン・アッシャーだ。





「…ダーヴィン……。あんた、ダーヴィンなんだろ……?」



 恐怖と殺気に満ちた顔にそっと語りかけたが──





「…血だ……血がいる……腹が、減っている……血、肉……くわ喰わせろ……」


 もごもごと血垢のついた口で、ダーヴィンは告げる。目は虚ろで──視線は定まっていない。





「……ダーヴィン……あんた…、どうしたんだよッ?!」


 身の危険を感じつつも俺はダーヴィンである男に問い詰めた。





「…ははは腹、減った………血が………ちちちちちちちちほし………いぃ………ィィ~…ににく………くくくくくく血ち肉………ちくちィィ~」



 笑っているのか、泣いているのか……ダーヴィンは、赤黒い刃の剣を引きずりながらフラフラと揺れている。




「…ダーヴィン……」


「…ちちちちいる……いら……にく…もう血いらな……肉だ……やめ……ろ……ろろろち……に……いらいら、いらな……」




「─…ダーヴィン?」


 要領を得ない口調から、何かの意思を感じて俺は聞きとがめた。




 瞬間――



「血肉らぁ~っ!!」





 ――バンッ!!





 反射的に。


 銃の引き金を引いていた。




 ──ダーヴィンがゆっくりと後ろに倒れた──




 ハッと気付いたと同時に俺は銃を投げだして、ダーヴィンに駆け寄る。傍らに跪(ひざまず)き彼の顔を覗きこんだ。




「……う…、ううう…」

 

 嗚咽にも似た呻きを漏らすダーヴィン。虚ろな瞳に弱い光が戻っていた。


「…ダーヴィン?」


 俺は腕を彼の背中に回してその体を少しだけ支えてやった。


 ─…ダーヴィンと視線が合った。



「…お、まえ……は……キーナン、か……?」


 弱々しく、せき込みながら告げる彼に黙って頷く。





「…ヘマ……しちまっ……た…」


「…ダーヴィン、どうしてー…」


『あんた程の男が』と、続けれなかった。彼が、小さく腕で遮ったからだった。





「……キーナン…、救って……くれ、て……ありが…とうよ…」


「…ダーヴィン……?」


 嫌な予感がした。





「……おまえ…なら……あ…、いつ……たお…し……」


 遮った腕がコトリと落ちる。半ば開いた口──白い半目――



「…ダー…ヴィン……」



 彼の、動かなくなった体を静かにその場に横たわらせた。


 胸の中心から少し左にそれたところに小さな穴──俺が撃った銃痕。そっとなぞる──手の甲に、一粒の滴が落ちた。




 ─…再会して別れがある。理は通ってる。けれど、この状況もその中の一つに過ぎないのか?


 再会した相手を撃ち殺してしまうのも、理の一部なんだろうか?





「…こんな……、こんな終わりかたって……あるのかよ……」


 ─…やるせなかった。


 悔しかった。大切な人を救えなかったことではなく、自分の反射の良さにだ。撃たなければ、彼は生き続けられたかもしれない。



 そう思い全身からドッと力が抜ける。


 その場から立ち上がり投げだした銃を拾う。



 ふと目に止まる。


 ダーヴィンと寄り添うように落ちている剣。



 柄は──彼の手から離れていた。




「……」


 銃をしまい、思わずその剣を手にする。


 なんの変哲もない、大刃の剣。




 事切れたダーヴィンの腰から鞘を取り外し、その剣を鞘に収めた。


〜完〜

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