人を殺すだけの簡単なお仕事です

「シリウス訓練兵!前へ!」

「は!」

 今日、俺は訓練兵を卒業し、本物の騎士になる。そのための一歩目がここ騎士団本部で行われる就任式だ。

 騎士団本部所属の騎士団長に名を呼ばれた者から順に所属先が伝えられる。ついに俺の番が回ってきたようだ。

「シリウス訓練兵、貴君を王宮近衛騎士に任ずる」

「謹んでお受けし……今なんと?」

「む?聞こえなかったか?王宮近衛騎士に任ずると言ったのだ」

 聞き間違えでは無かったようだ。だが、それなら尚のことおかしい。王宮近衛騎士はその名の通り王族が暮らす宮殿を守る騎士のことだ。本来王宮には限られた貴族しか入ることを許されていない。騎士であっても例外はないはずだ。

「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何かね?」

「私は平民です。何故平民街の所属ではないのでしょう?」

「それは_」

 団長が答えようとした瞬間、奥の扉から一人の男が入ってきた。

「団長殿、それは私から言わせていただきたい」

 明るい茶色の髪に整った容姿。優雅な衣服をまとった男は俺の方をまっすぐ見据えると、こう続けた。

「初めまして、ミスターシリウス。私はチャーリー=ホワイト。君を推薦した男だよ」

『チャーリー王子⁉︎』

 現国王を当主にもつ王族ホワイト家。その長男の突然の登場に、事情を知っているらしい団長を除く全員が驚きの声を上げた。俺に至っては驚きのあまり呆気に取られてしまい、声を出すことすらできなかった。

「そんなに緊張しないでくれ。近衛騎士と言っても王宮の警備をしてもらうわけじゃないんだ」

「どういう……ことですか?」

 王宮の警備をしない王宮近衛騎士とは一体……。

「簡単な話さ。君は私の護衛になってもらうんだよ」

「……はい?」


 これが、俺とチャーリー王子の出会いだった。


 ◇◆◇


 〔アベレント〕平民街の一つであるこの街には、他の町より大きなギルドが存在する。今日は冒険者ギルドの実状の調査に来ていた。

 高さ三メートルはありそうな門をくぐり、ギルドホールに向かう。王都では有名な王子もこの町では顔までは知られていないらしい。かなりの注目を浴びてはいるものの騒ぎにはなっていない。

「いらっしゃいませ。本日はどんなご依頼でしょうか」

 ホールの受付嬢が笑顔で対応してくれる。どうやら依頼を出しに来たと思われたようだ。

「ギルド長に話がある。通してくれたまえ」

 受付嬢は一瞬眉を顰めるが、すぐに笑顔に戻りギルド長を呼びに行ってくれた。俺はもしやと思い、王子に問いかける。

「今日の調査はアポ取ってるんですか?」

 我ながら雑な口調だ。もっと丁寧な言い方の方がふさわしいのだろうが、王子に「不敬なものは大嫌いだが堅苦しいのも好かん」と言って断られてしまい、敬語ではなく丁寧語で話すことになってしまった。

「そんなものは取ってないよ。こういうのは事前に知られては隠される恐れがあるからね」

「そうなんですか」

 さすが齢十五にして単独の仕事を任されるだけあっていろいろ考えているらしい。

「そんなことより、早速君の仕事ができたみたいだよ」

「そのようですね」

 囲まれている。いや、攻撃の意識は感じられない。正確にはこの場にいた複数の人間に警戒されているというべきだろう。

 何も起こってくれるなよ。そう心の中でつぶやいたのと同時に、一人の冒険者が絡んできた。

「いきなりギルマスを呼びつけるなんていい度胸じゃねぇか。どこの商人のガキか知らねぇが痛い思いしたくなきゃ帰った方がいいぜ」

「君、名前は?」

「あ?」

「聞こえなかったかな?名乗れ、と言ったんだよ」

 毅然とした態度で男と対峙する王子の問いかけに対し、男は下卑た笑みを浮かべるだけで答えようとはしなかった。王子は不敬な者を嫌う。とすれば次に来る命令は……。

「シリウスくん。この男を取り押さえろ」

「かしこまりました」

 予想通りの命令を俺は素早く実行した。男の手首を掴んで捻り、軸足に蹴りを入れて体制を崩す。あとはそのまま地面に倒して終わりだ。

「お見事。では次の仕事だ。その男の首を刎ねろ」

「⁉︎」

 これは予想できなかった。いくら不敬者が嫌いだとはいえ、身分を隠している状態でそこまでするとは……。

「しかしながら、ここは冒険者ギルド、それも仕事で来ている身です。殺してしまうとこの後に支障が出るのではないでしょうか」

「ふむ、確かに仕事がしづらくなるのは好ましくない。だがこの男が私に不敬を働いたのも事実だ」

「では本来の目的を済ませた後に処遇を決めるというのはどうです?」

「それは構わないが……シリウス、君は何を躊躇っているんだ?」

「え?」

 躊躇っている…?俺が?

 確かに予想外の命令に面食らってしまったが、躊躇うほどのことではない……はずだ。

「まあ今の君はそうだろうね」

 王子はそう言い残すと受付嬢の案内でギルド長室に入っていった。


 二十分ほど経っただろうか。王子はギルド長と共に部屋から出てきた。二人とも表情は険しく、会議は険悪なものだったことが伺える。

「シリウスくん、待たせたね」

 どんな話をしたのだろう。内容こそ普段通りではあるが、その声色は一種の怒りを感じさせた。

「それで、あの男の処遇ですが……」

「ああ、そのことならギルド長の任せることになったよ。あんな男でもBランクらしくてね。殺すには惜しいそうだ」

 冒険者にはAからFまでのランクがある。実力と実績が大きいほどAに近くなるシステムだ。Bランクということはギルド内での地位はかなり高かったらしい。とすれば今の俺の実力はAに該当するのか。

「ところでシリウスくん。君に新しくやってもらいたいことができた」

「やってもらいたいこと?」

 正確にはやってもらう『かも』が『確定』に変わっただけなんだけどね。と付け加えると、人目の少ない路地に入り仕事内容の説明を始めた。

「本気ですか……それ?」

 王子は無言で頷いた。俺の新しい仕事、それは一言で言えば暗殺だった。

 ここ数年、裏で悪事を働く貴族が増えているらしい。表向き領地経営を行なっている彼らを裁ける法は今のところ存在しない。そんな法で裁けない者を秘密裏に処分するのが暗殺だった。

「元々、裏で悪事を働いた貴族は王族直属の暗殺一家に殺されると決められていたんだ。でも十五年前の事件で一家が全員殺されて、事実上貴族を縛る枷が消えてしまった」

 死の恐怖という枷が無くなった結果、案の定というべきか悪事を働くものが多く現れた。今日のギルド訪問は依頼していた調査結果を聞きにくるのがメインだったらしい。実状調査というのはそれを隠すためのブラフだったようだ。

「理由は理解できました。ですが、なぜ俺なんです?暗殺の訓練なんてしていませんが……」

「君、[紅の雨]というスキルを持っているだろう?」

 [紅の雨]とは、俺が所有している正体不明のスキルだ。同じスキルを持っている人を見たことがないし、俺自身もこのスキルの効果は分かっていない。高度な鑑定スキルであればスキルの効果も調べられるのだろうが、平民の俺では鑑定料を用意できないためそれも出来ていない。暗殺をやらせる理由がこのスキルにあるのなら殺しに特化した効果を持っているのだろう。

 というか何故王子が俺の保有スキルを把握しているんだ?

「そのスキルは傷つけた相手の血を掌握し、雨粒ほどの弾丸を作り出すものだ。暗殺一家ブラッドレイ家の血を受け継ぐ者にしか使えない特殊スキルだよ」

 小さな傷も致命傷になり得るスキルというわけか。訓練ではそれなりに好成績を収めていた自信はあるが実戦で何かを斬りつけた事はない。どうりで効果がわからなかったわけだ。

 それに遺伝継承式のスキルなら他に使い手がいないのも頷け……今なんて言った?

「君の本名はシリウス=ブラッドレイ。十五年前に殺されたブラッドレイ家の生き残り_」

「ちょっと待ってください‼︎」

 俺が暗殺一家の生き残り?聞いたこともない情報が連続していて思考が定まらない。もしこの話が本当なら、俺は騎士として認められたのではなく、暗殺の力のみを求められたということだ。

 今までの経験が、努力が、積み上げたものが崩れていくような、猛烈に気分の悪さを感じた。赤ん坊の頃に貧民街でじいちゃんに拾われ、以来人を助ける仕事に憧れた。そんな俺にとって殺しという大凡人助けとは対極に位置するものを役割とするのは好ましくない。

「君の気持ちが分からないわけじゃない。だが君には理解してほしい。殺すのは裏で害を振りまいているクズだけなんだ。たった一人殺すだけで何十人という民を救うことが出来るんだよ?」

 聞き分けの悪い子供を諭すような、訴えかけるような声で説得する王子だが、俺は納得できなかった。

「出来ません。俺には無理です」

 どれだ家たくさんの人を助けられるとしても、その手段が人殺しなら意味はない。俺にとって暗殺は救いではなく苦しみにしか思えなかった。

 王子は小さく「そうか」と言うと近くまで移動させていた馬車に乗り込む。俺は視線を下げたまま馬車を走らせ王都に戻った。


 ◇◆◇


 王都にある平民街の一角、貧民街のすぐそばにある小さな家。俺を拾ってくれたじいちゃんと二人で住んでいる我が家に帰ってきた。

 落ち込んでいた俺を見たじいちゃんはすぐに「何かあったのか」と話を聞いてくれた。

「なるほどな。そりゃお前には辛い話だ。だがよシリウス。残念なことに世界ってのは綺麗事だけじゃ上手く回らなぇのさ。むしろ法律様でも裁けねぇ極悪人を倒せるってのは誰にでもできることじゃなぇぞ?」

「そんなの、分かってるよ」

「お前の理想はなんだ?誰も死なない世界か?善も悪も関係ねぇ、全員を守ってやるってか?昨日まで訓練兵だったお前にそれが出来んのか?」

 説教だ。少なくともじいちゃんはそのつもりで言ったのだろう。だが俺はこの言葉を聞いて光明が差した気がした。

そうだ、そうだよ。訓練兵だった俺にはそんなこと出来ない。でももっと上の人間なら?

 それこそ騎士団長クラスの地位と力があればどうだろうか。

「できる。いや、やるしかない」

 俺は今日この時から、この国の根底を作り替える。誰も死なせずに済む国を作るために走ると決めた。

 [誰も死なせない騎士団長]それが俺の目標仕事だ。

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