星に願う ノベル版

 夜の学校に入ったことはあるだろうか。

 教員の実情にはあまり詳しい方では無いが、少なくとも彼らの通う学校では八時頃を過ぎても残っている者は居なかった。

「今日の警備員は三田村さんだったよな?」

「だね。多分今の時間は読書してると思う」

「よし。なら今のうちに行くか」

 校門の前でコソコソと会話をしている少年少女。名を男は大智、女は香織という。どうやら二人は学校に忍び込む魂胆らしい。

 現在の時刻は九時半を少し過ぎている。今なら見つかるリスクは限りなく低いだろう。

 正面玄関から少し離れた中庭に入り、南校舎にある一枚だけ鍵の開いた窓まで進む。本来なら見回りの警備員が閉めているはずだが、この窓は鍵が歪んでいて軽く叩くだけで簡単に外れるようになっている。そのためいつしか閉めることも無くなったのだ。

「いいか?そーっとだぞ」

「わかってる」

 音がたたないようにゆっくりと窓をくぐっていく。足跡が残らないよう廊下にタオルを敷いてから足を踏み入れる。タオルと一緒にカバンから取り出した上履きと小さな懐中電灯を使って屋上を目指す。

 タン……タン……。

 どれだけ静かに動こうとも、隠密行動初心者の二人ではどうしても足音が響いてしまう。少し大きな音が響くたびに二人の足が止まる。

「静かにって言ってるでしょ!」

「無茶言うなよ。めちゃくちゃ音響くんだよここ」

 話し声の方が余程大きいのだが、あくまで小声で会話を重ねる。

 そうして屋上まで辿り着くと、さび付いた扉を開いた。当然これまでよりずっと大きな音が響いただろうが、管理人室は北校舎の一階の隅にある。真逆の位置にある扉の開閉音程度なら気づかれることも無かった。

「すっげ……」

「やっぱりここは星がよく見えるねぇ」

 目の前に広がる雲一つない夜空の星々に感嘆の声を上げる大智。

 対して香織は予想が当たったようで満足気だ。

「屋上がこんなにいいスポットだなんてよく知ってたな」

「ふふん。深夜の学校は灯りも無いし、特にここはグラウンドも広くて住宅街の灯りからも離れてる。少し考えれば分かることだよワトソン君」

「誰がワトソンだよ。ホームズ気取りか?」

「えーいいじゃんノリ悪いなぁ。そんなんじゃ彼女できないぞぉ」

「ほっとけ!俺は彼女欲しいと思ってないからいいんだよ」

「ふーん……そっか」

 屋上まで来てしまえば多少声を出しても何ら問題はあるまい。二人の会話はどんどん弾んでいった。

「んで?流星群っていつ来るんだ?」

「もうすぐだと思うよ。10時頃ってニュースで見たし」

「……もう10時過ぎてるぞ?」

「え?うそ!?」

 腕時計で時間を確認する。現在の時刻は10時10分。見つからないように慎重に移動していたことが仇となったか、予定より遅くなってしまっていた。

「見逃した……は無いか」

「ずっと見上げてたんだからそれは無いでしょ」

 二人は移動中も窓の外を気にしていた。もしもう流星群が終わっていたなら、その時に気づいていただろう。

「もしかしたら高さが足りないのかもな」

「高さ?」

「ほらこういう天体観測的なヤツって山登ったりしてやるだろ?」

「あちゃ~やっちゃったかなぁ」

 盲点だったとばかりに頭をかく香織。

「かもな……あっ!」

 半ば諦めかけていた二人の視界に、一筋の光が映った。

 光は次々と姿を現し、瞬く間に流れていく。

「流れ星!よかったぁ……ちゃんと見れた」

「流星群な。でも、本当に良かった」

 僅か2分足らずの流星群。まるで一本の映画でも見たかのように、二人は満足気な表情を浮かべていた。

「ねぇ。どんなお願い事したの?」

「言わねぇよ」

「やっぱり彼女欲しいって願ったんでしょ」

「残念違いまーす」

 余韻に浸っている二人の距離感はいつもより確かに近づいていた。

「お前との時間が一番だし……」

「え?それってどういう――」

「気づけバカ」

 月明りに照らされた大智の顔は、その薄暗い中でも分かるほどに赤く染まる。

 次の瞬間。二人の距離は限りなく0に近づいた。

「ふふふ……私はね、君とずっと一緒にいられますようにってお願いしたよ」

「そりゃ奇遇だな。俺もだよ」

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