十一月:文化祭の後夜祭で一緒に踊ること

「四季君好きです。付き合って下さい!」

「君のような美しいレディに告白されるなんて驚きだよ。でもごめんね、僕の心の枠はもう埋まっているんだ」

「知ってます。世界一可愛い妹さんですよね?」

「良く分かってるじゃないか!」


 この娘は見る目があるな。

 しかしそれが分かっていて何故僕に告白して来たんだ?


「妹さんも好きです!」

「ん?」

「だから一緒に付き合って下さい!」

「んん?」

「私どっちもイけるくちなんです!」

「んんん?」

「お二人の間にはさまりた~い」

「却下」


 やっぱりこの学校の女子はどこかおかしい。

 最近はこんな変な告白ばかりだ。




「ぶすー」


 てな話なんかしようものなら萌夏の機嫌が悪くなること間違いなしだ。


 今回は何処からか僕が告白された話を聞いたらしく、こうしてむくれている。


 むくれている萌夏も超可愛い。

 ほっぺたツンツンしたい。


「課題、早く」


 ぶっきらぼうな萌夏が今月の課題を催促する。

 今月は予想通り文化祭に関係するものだった。


『十一月:文化祭の後夜祭で一緒に踊ること』


 文化祭の後夜祭。

 物語ではよくあるイベントだけれど現実では行われることが殆ど無いイベントだ。

 一昔前はそれなりにあったらしいけれど、最近は防犯などいろいろ問題があり行われていないと何処かで聞いたことがある。


 しかし!


 なんとうちの高校では後夜祭が現役なのだ。

 もちろん定番のキャンプファイヤーも実施され、これまた定番で多くのカップルが踊り狂う。


 それすなわち、男女が踊っているならば付き合っていると堂々と宣言しているようなもの。


「あう……あう……」


 そんなの恥ずかしくて出来ないよ。

 でもお兄ちゃんと後夜祭で踊りたい。


 相反する二つの想いで萌夏が揺れ動いているのが僕には手に取るように分かる。

 そんな萌夏を見ていたら悪戯心がムクムクと湧いて来た。


 葛藤する萌夏の前に手を差し伸べて一言。


「シャルウイダンス?」 


 ぼっ、と萌夏の頭上に湯気が立ち上がったのを幻視した。


「な、な、にゃに馬鹿な事言ってるの!」


 ちょっとキザったらしく言ってみたけれど、どうやら萌夏の琴線に触れたらしい。

 萌夏は顔をふにゃふにゃとさせて動揺し、千鳥足で僕の部屋から逃げるように退散した。


 僕が露骨にあざとく格好つけると萌夏はいつも大ダメージを負うらしく、その姿が可愛いので時々からかいたくなってしまうのであった。


――――――――


 文化祭当日。


 一年生の僕らは実はやることが殆ど無い。

 うちの学校でお店を出せるのは二年生からと決まっていて、一年生は上級生や部活の手伝いをすると決まっているからだ。


 僕も萌夏も部活に入っていないから上級生の手伝い係だったけれど、手伝うのは準備だけなので当日はフリーだ。


「萌夏、一緒に見てまわろう」

「はぁ!? 何でお兄ちゃんなんかと」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

「はにゃっ! 手、ててっ!」


 一年に一度しかないお祭りだ。

 萌夏が照れるのは分かるけれど、せっかくなら沢山想い出を作りたい。

 だから今日は少し強引に萌夏の手を取って歩き出した。


「わぁ、四季兄妹だ」

「絵になるぅ」

「羨ましい」


 実は僕らの関係はもう学校中に周知されている。

 それはもちろん兄妹としてではない。

 はっきりと明言していないけれど、僕らの態度を見れば一目瞭然なのだから当然だ。


 それなのに妹はまだギリギリバレてないと信じたいようで、それがまた可愛いのだ。

 クラスメイト達もあえて突っ込まずに妹が動揺している姿を見て楽しんでいるらしい。


 わかる。

 わかるぞ


 だがやりすぎたらお兄ちゃんが激怒するから程々にな。


「お化け屋敷だって、入ってみよっか」

「や、やだ!」


 高校生が作るお化け屋敷ともなれば、それなりに本格的ではないかと思われる。

 萌夏と入れば怖がって抱き着いてくれること間違いなしだ。

 漏れなく『眠れないから一緒に寝て』もついてくるだろう。


「絶対入らないからね!」


 すでに涙目だ。

 可愛い。


 是非ともお化け屋敷に入って仲を深めたいところだが、まだ文化祭は始まったばかりなんだよな。

 お化け屋敷に入ったら萌夏は恐怖が尾を引いて今日一日何も楽しめなくなること間違いない。

 それは流石によろしくないので断腸の想いで諦めることにした。


「しかし、改めてこの学校ヤバいね」

「どうして?」

「だって高校の文化祭でミスコンとか普通やらないよね」


 ミスもミスターもあり、文化祭の大人気イベントの一つだ。


 後夜祭が残っている事と言い、体育祭の借り物競争で恋愛関係のテーマが許可されたことと言い、どうもこの学校は恋愛を推奨しているように思える。

 噂では保健室の隣に育児室があるとまで言われているがまさかね。


 でも中学の時、母さんがこの高校は素晴らしいから絶対に行くことって強く指定していたのが凄い気になる。

 どうも母さんが敷いたレールの上を走っているような気しかしないが、そろそろ腹を括って母さんが望む高校生活を送るように気持ちを切り替えた方が良いのだろうか。


 そんなことを考えていたら隣から深くて昏い声が聞こえて来た。


「見に行きたいの?」

「え?」


 どうやら萌夏は僕がミスコンに興味があるのだと勘違いしているようだ。

 嫉妬かな。

 超うれしい。


「全く興味ないかな。だって萌夏が世界一に決まってるし」

「ふぇ!?」

「というか、同じ土俵に立って戦うとかありえないし。格が違い過ぎるでしょ」

「ふぇええええ!?」

「萌夏と競える女性なんてこの世にいるわけがない」

「ぷしゅう」


 世界一の女性が隣に居るのにミスコンに興味あるわけが無いでしょうが。

 そんなの見に行く時間があったら萌夏とお化け屋敷に行くに決まっている。


「そろそろ小腹が空いて来たね。何か食べようか」

「…………」

「萌夏?」

「え、え? な、にゃに?」


 無意識なのか萌夏が体を寄せて来てくれている。

 可愛いなぁ。

 つないだ手をこっそり恋人繋ぎにしても気付かれないだろうか。


 なんてイチャイチャしながら、僕らは文化祭デートを存分に楽しんだ。


 そして後夜祭の時がやってきた。


 燃える炎。

 しっとりとした音楽。

 ゆっくりと踊る男女の影。


 それを僕と萌夏は遠くから眺めている。


 課題のためには彼らの輪の中に入り踊らなければならない。

 でもこの期に及んで萌夏は勇気が出ないようで、僕に何かを言おうとして止めるのを繰り返していた。


 今回の課題は実にシンプルだ。

 そして手伝うのも容易である。


 僕は萌夏にそっと手を差し伸べた。


「シャルウイダンス?」


 あの日と同じようにキザったらしく格好つけて。

 あの日と違い萌夏はそっと僕の手を取った。


 萌夏を優しくリードし、てれてれする萌夏を堪能しながらも僕は思う。


 今回の課題の難易度は萌夏にとって少し緩いものだった。

 多くの生徒が見ているとはいえ夕暮れ時で辺りは暗く、誰が踊っているのかなんてはっきりとは見えない。

 僕と普通に話が出来るようになり、接触も増えて来た今の萌夏であれば少しの勇気で乗り越えられるだろう。

 それどころか、萌夏が頑張らなくても僕が強引にリードすれば達成出来る内容でもあった。


 もしかしたらこの課題は、萌夏では無くて僕に向けた母さんからのメッセージなのかもしれない。


 この最高に幸せな一時を体験してもなお、大人ぶって萌夏との関係をしばらく据え置きにするつもりなのかと。


 まったく、母さんは酷いな。

 こんなの味わったら我慢なんか出来るわけないじゃないか。


「萌夏、好きだよ」

「ふぇ!?」


 踊りながら僕は萌夏にそう囁いた。


 力強く燃え上がる炎に照らされた萌夏の顔は、その炎に負けず劣らず赤く染まっていた。

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義妹に仲良し証明書を提出しろと言われた マノイ @aimon36

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