10月:体育祭の借り物競争で好きな人を引いたらお兄ちゃんを連れてくること

 うちの高校は二学期に大きなイベントが二つある。


 一つは十月初めの体育祭。

 一つは十一月後半の文化祭。


 それぞれ時期が近いけれど委員会を完全分業にしていることで平行で準備出来るようになっている。

 まぁ僕らはどちらの実行委員会にも入って無いから関係ない事だけれど。


 関係あるのは『課題』だ。

 これらの定番イベントを母さんが外すとは思えない。


 僕らがイチャイチャ高校生活で青春を謳歌するというのが課題の目的の一つでもあるのだから。


「でも体育祭で課題って何があるんだ?」


 あるとしたら『お兄ちゃんを大声で応援する』とかかな。


 衆人環視の中でやると考えるとハードルが結構高く、程良い難易度だ。

 きっとこれに違いない。


 と思っていたら全く予想外の内容だった。


 思わず萌夏に伝える前に母さんに確認しちゃったよ。


「母さん、この課題どういうこと?」

「どうもこうも、書いてある通りよ」


 九月:体育祭の借り物競争で好きな人を引いたらお兄ちゃんを連れてくること


 ツッコミどころが満載だ。


「借り物競争に萌夏が出なきゃダメってことだよね」

「そうね」

「人数の都合で出れない可能性もあると思うんだけど」

「そうならないから大丈夫よ」


 断言ですか、そうですか。


 あの子の力を借りるのかな?

 あるいは他にもスパイがいるのかも。


 でも問題はそれだけじゃないよ。


「借り物競争で好きな人を引けなかったらどうするのさ」

「引くわ」


 断言ですか、そうですか。


 こりゃあ実行委員の中にも母さんの息がかかった人がいるな。

 一体どれだけうちの高校に粉かけてるのさ。


 おそらくは萌夏の番の時に全部同じ借り物にするつもりなのだろう。

 しかしそれだと他の人も『好きな人』のお題を引いてしまうけれど問題無いのだろうか。


 いや、そうか、問題無いな。

 少し考えれば分かる事だった。

 定番ネタだもんな。


 別に恋愛的な意味では無いから友達でも良いし、敢えて先生を借りてからかったりと、やりようはあるお題だ。

 生真面目な人には難しいかもしれないけれど、そもそもそういう人は借り物競争に出ないだろうし、ちょっとしたネタ枠としてなら普通にあってもおかしくないお題だ。


「でもこれって効果あるの? 難易度あんまり高くないと思うんだけど」


 借り物の内容は基本的に本人とゴール時にチェックする係の人しか分からないわけだし、学校で話が出来るどころか頭なでなで姿を見られている今の萌夏であれば割と楽にクリア出来る気がするし、『進展』が無さそうだ。


「…………」

「母さん?」


 あれ、黙っちゃった。

 こんな単純なことに母さんが気付かないわけ無いと思うんだけど。


「ああ、ごめんなさい。効果はもちろんあるわ。ゴールした時に借り物の内容を放送で公開することになるから」

「またえぐいこと考えるなぁ」


 つまり全校生徒に萌夏が僕の事が好きだと告白するようなものだ。

 もちろん多くの人は義理とはいえ兄妹としてだろうと思うだろうが、それでも萌夏にとってはたまらなく恥ずかしいだろう。


「でも冬慈の言う通りにちょっと甘いかもしれないわね」

「え?」

「だから条件を追加するわ」


 ごめんよ萌夏。

 僕が母さんに余計な確認をしたばかりに課題の難易度が上がってしまったよ。




「なぁ~んだ、こんな簡単で良いの?」


 萌夏も僕と同じことを考えたのか、余裕そうな表情だ。

 そんな萌夏を地獄に叩き落すことになるなんて、胸が痛むなぁ。


「残念ながらそうでもないんだ」

「どういうこと?」

「今回の借り物競争ってゴールした時に借り物の内容が放送されるんだって」

「…………え?」


 母さんが出した追加条件。

 それは萌夏にゴール後の話を伝える事。


「ええええええええ!? むりむりむりむり!」


 ゴール後に突然公開されるのと、事前に知っていて臨むのとでは天と地程の差がある。

 事前に知っているということは、自分からお兄ちゃんのことが好きですと全校生徒に告白するようなものなのだから。


「馬鹿じゃないの!? こんなこと出来るわけないじゃない!」

「まぁまぁ興奮しないで」

「ふわああああああ! 撫でてごまかさふわああああああ!」


 『出来るわけないじゃない』のタイミングで丁度良い位置に頭が来たからつい。


「でも借り物競争なんてお遊びみたいなものじゃないか。みんな仲が良い兄妹だなくらいにしか思わないよ」


 本気で照れなければ、の話だがそんなことはもちろん言わない。


「そ、そんなこと言って騙されないんだからね!」

「でも萌夏が観客の立場だったらどう思う?」

「うっ……」


 ちょろい。


 でもこれでやる気になったかな。




「萌夏! 頑張れ!」

「~~~~っ!」


 おお、早くなった。


 そして体育祭当日。

 僕は走る萌夏を全力で応援していた。


 体操服姿の萌夏可愛い。

 体操服のあの独特の布地ってどうしてあんなに男の性欲をそそるんだろうね、

 それに短パンから覗く太ももとか最高を越えた最高だ。


 はぁはぁ。


 いつか萌夏と体操服プレイをする日がくるのかな。

 それには高校生の間で結ばれないと……ぐっ、母さんの術中にハマってしまったのか!?


「お兄ちゃん恥ずかしいから名前叫ばないで!」

「萌夏、お疲れ。頑張る萌夏の姿素敵だったよ」

「ふぁああああああああ!? 撫でるなああああ!」


 はっはっはっ、僕が萌夏を応援しない訳が無いじゃないか。


「それに僕が走ってる時にも応援してくれたよね。ありがとう」

「な、なな、聞こえるわけないじゃない!」

「ということはやっぱり応援してくれてたんだ」

「~~~~っ!」


 確かに聞こえなかったけれど、萌夏の口が『お兄ちゃん頑張って』って動いていたのを僕は走りながらでも見逃さなかったのさ。

 ちゃんと心の耳で受け取ったよ。


「そろそろ例の種目だけど大丈夫?」

「だ、大丈夫よ。あんなのお遊びでしょ、お、あ、そ、び」

「うんうん、その調子だよ、頑張って」

「だから応援しなくて良いってば!」


 ぷりぷり怒る萌夏も可愛いなぁ。

 少し前みたいに会話にならないなんてことはもうなくなったね。


 段々とトゲが無くなってきている。

 デレデレになる日も近いかな。


 そんなこんなで借り物競争が始まり萌夏の番がやってきた。


「お兄ちゃん、早くしてよ!」


 萌夏は借り物の紙を拾うと中身を確認して一直線に僕の所にやってきた。

 さっさと終わらせるつもりなんだろう。


「はいはい、分かったよ。大人しく借りられるとしましょう……か……」

「お兄ちゃんどうした……の……」


 萌夏と一緒に走り出そうと思った瞬間、僕達の真横で無視できない光景が広げられていた。


「あの……高田くん、一緒に来てくれませんか!」

「え、お、俺?」

「はい!」


 真っ赤になった女の子が男子を借りようとしていたのだ。

 まるで勇気を出して好きな男の子を誘っているかのような甘酸っぱい雰囲気。


 思わずドキドキして魅入ってしまった。

 萌夏も『はわわ、凄いの見ちゃった!』てな感じで顔を真っ赤にしている。


 周囲の生徒達が微笑ましいものを見るかのようなニヤニヤ顔になっているということは、この二人はそういう恋人直前の関係だったと有名だったのかもしれない。


「あれ、まさかこれって」


 会場の他の所を見たら、どうやら彼女達と似たような光景が繰り広げられていた。


『おおっと、これはどういうことか? 至る所で甘酸っぱいムードが漂っております!』


 しまった、してやられた。

 萌夏が軽い気持ちでクリアしないようにと、恋する女の子達で走者を揃えてラブラブな空気を醸し出して強制的に恋愛を意識させるだなんて。


「萌夏、大丈夫……じゃないな」

「ぷしゅー」


 照れれば照れる程に彼らと同じカップルだと思われるのだけれど、今の萌夏には耐える余裕は無いようだ。


「萌夏、萌夏、このままここにいたらそれこそ注目されちゃうよ」

「!?」


 よしよし、どうにか動いてくれたか。


 甘酸っぱい雰囲気なら他の走者の方が上だからな。

 そんなに目立たないだろう。


『それではゴールした走者の方に今一度大きな祝福の拍手をお送りください。その後は二人っきりにしてあげて下さいね』


 おいコラ実況煽るな!

 萌夏が照れの世界線から戻って来れなくなっちゃうだろうが。


 ただでさえラブラブカップルに挟まれて意識しちゃってるんだから!


「萌夏、落ち着いて」

「ふわああああああ!撫でちゃやだぁ!」


 あ、しまった、自分から注目されるようなことやっちゃった。


「お兄ちゃんのばかぁ!」


 めんごめんご。

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