八月:お兄ちゃんと一緒に夏の定番イベントに参加すること その2

 まさか萌夏がこのイベントを選ぶなんて。

 お兄ちゃんは嬉しいよ。


 だから気合を入れたという訳じゃないけれど、今日は僕も特別スタイルだ。

 母さんが僕と萌夏の分を用意してくれてあっただけなんだけどね。

 一体いつの間に準備したんだろう。


 ウェディングドレスすらも既に準備してありそうでちょっと怖い。


 僕が何を着ているのかって?

 それは萌夏が来た時に分かると思う。


 僕は今、とある場所で萌夏が来るのを待っているんだ。

 家から一緒に行くんじゃなくて待ち合わせた方が雰囲気出るでしょって母さんに強く勧められたから。


 でも心配だな。


 萌夏ったら恥ずかしがって来れないんじゃないかって気がするんだ。


 待ち合わせ時間も過ぎちゃってるし……


 ん?


「お、おまたせ。お兄ちゃん」


 なるほど、正面から来るのは恥ずかしかったから遠回りして後ろから来たんだね。


「うわぁ、可愛い!」

「~~~~っ!」


 朝顔の柄の浴衣がとても良く似合っている。

 髪型がいつものツインテールじゃなくてまぁるくまとめて簪で止めていて色気がある。


 可愛すぎるでしょ。

 この子、僕の妹なんですよ。


「あまりにも可憐で思わず見惚れちゃった」

「~~~~っ!」


 おやおや、いつもみたいに罵倒の言葉が出てこないぞ。

 僕の浴衣姿にメロメロなのかな。


「~~~~っ!」


 本当にどうしたのだろうか。

 いつものように真っ赤になって照れているのに、ツンデレちゃんが出てこない。


「萌夏、行く?」


 そう言うと萌夏はこくりと小さく頷いた。

 かわええ。


 僕らが待ち合わせた場所は神社の入り口。

 今日はこの神社で夏祭りが行われる日だ。

 それほど大きくはない神社だけれど、参道には数多くの出店が並び近隣の人達がそれなりに集まっている。


「お腹減ったね。何食べようか」


 萌夏は何も言わずにリンゴ飴を指差した。


「本当はもっとがっつりしたものが食べたいんじゃない?」

「~~~~っ!」


 この時のためにお昼ご飯の量を減らしたからお腹が空いているはずだ。

 焼きそばとかを頬張る姿がはしたないかもなんて思っているのかもしれないな。


「遠慮せず楽しんでほしいな」

「…………うん」


 素直な萌夏超可愛い!


 そしてうなじが超色っぽい!


 う・な・じ!

 う・な・じ!

 う・な・じ!


 ああ~萌夏のうなじに顔埋めた~い!

 くんかくんかした~い!


 おっと萌夏を見失ってしまう。

 はぐれたら寂しがるから気をつけないと。


 かといって手なんか繋げないからこれまた難しい。


「美味しい」

「うん、美味しいね」


 たこ焼きをはふはふしながら食べ、オム焼きそばを分け合って食べ、今度こそリンゴ飴を食べる。

 要らないのにスーパーボールを救い出し、水風船を救い出し、金魚や亀は……生き物は止めておこう。

 射的や輪投げで遊んだり型抜きに挑戦したりと目一杯遊んだ。


 そして最後にチョコバナナを萌夏が真っ赤になって食べる姿を堪能したらミッションコンプリート。


「今日の萌夏は静かだね」

「なんかこれ着てると気分が落ち着くの」

「浴衣の力だったか」


 浴衣の清楚感が萌夏のツンツンを抑えてくれたのか。

 少し大人しかったけれど素直に楽しむ萌夏の姿を見れてお兄ちゃんは超幸せだよ。


 出店を一通り堪能したら最後のイベントだ。

 丁度このお祭りと同じ日に近くで花火が打ち上げられる。

 近くの高台まで一緒に移動する。


「うわぁ凄い混んでる」

「わわ、わわ」

「萌夏、ほらこっち」


 手を繋ごうか迷ったけれど、体を寄せて優しく肩に手を添える方を選んだ。

 多分まだ萌夏には手繋ぎは耐えられないから。

 近づくのも危ないけれど、直接触れるよりかは安全なはずだ。


「お、おに、お兄ちゃん。ち、近いよ!」

「人が多いから仕方ないよ」

「そ、そっか。仕方ない。仕方ないんだよね、うん」


 ダメだよ萌夏。

 そんな幸せそうな顔したらもっと強く抱き締めてしまいたくなるじゃないか。


「萌夏、今日は楽しかった?」

「うん」

「そっか。また来年も来ようね」

「うん」


 きっと来年はもっと仲良くなっているだろう。

 その時もまた物静かな萌夏が見られるのだろうか。

 それとももっと別の萌夏が見られるのだろうか。


 ああ、とても楽しみだ。


 そんなことを思っていたら花火が打ち上げられ始めた。


 綺麗だけど萌夏の方が綺麗だな。


 僕の気持ちが伝わったのか、萌夏は自分から僕の方に少しだけ近寄ってくれた。

 触れるか触れないかギリギリ。

 この距離がゼロになる日はきっとそう遠くはない。







「ええ! なんでダメなの!?」


 萌夏が憤慨している。

 僕も意味が分からなかった。


 帰宅したら母さんがまさかの課題達成NGを宣言したのだ。


「ちゃんとお兄ちゃんと夏祭りに行ったよ! 浴衣も着たし、花火も見たよ!」

「そうだよ母さん。形だけじゃなくてちゃんと楽しんだんだよ」

「ダメ。肝心なことをやってないじゃない」


 肝心な事って一体なんだろう。

 お祭りで屋台巡り以外でやるべきことって言ったら盆踊りとか?

 でもあそこのお祭りは無いよ。


 何の事を言ってるんだろう。




「花火を見た後はセックスしなきゃダメでしょ!」




 うん、今日も母さんは良い感じに狂ってるね。


「な、な、な、何言ってるの!」


 萌夏は単純に恥ずかしがって抗議しているけれど、流石に今回は僕もないわーって思う。

 そして珍しいことにそう思っていたのは僕だけでは無かった。


「母さん、流石にそれは無いと思うよ」

「え~お父さん味方になってくれないの?」

「気持ちは分かるけれど、ちょっと酷いかな」

「ぶーぶー」


 父さんのフォローのおかげでどうにか課題合格となりましたとさ。


 でも僕は母さんがちょっと気になることを呟いていたのを聞いちゃったんだ。


「来年はもっと過激な課題にしなきゃ。浴衣で青姦。これよこれ」


 今から先が思いやられるよ。


 わくわく。

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