六月:お兄ちゃんに『ありがとう』を言おう

 六月の課題はお兄ちゃんに『ありがとう』を言おう。


「なんで私がお兄ちゃんにお礼言わなきゃならないのよ!」


 ……

 …………

 ……………………


「ああああ! またやっちゃった! 本当はずっとお礼言いたかったのに!」


 私の頭が春になってしまってからもお兄ちゃんは優しくしてくれた。

 酷い事を沢山言っちゃったのに一度も怒らなかった。

 私の春が落ち着くのを待ってくれている。


 今だって私の課題に協力してくれている。


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」


 今も昔もずっとお兄ちゃんのことしか考えられない。

 お礼を言うだけじゃ物足りない。


 イチャイチャしたい。

 イチャイチャイチャイチャしたい。

 イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしたい。


 でも恥ずかしいよおおおおおおおお!


「ダメダメ! こんなんじゃいつまで経っても変わらない!」


 せっかくお兄ちゃんにお礼を言うチャンスなんだ。

 ここで頑張らないでいつ頑張れって言うの。


 今なら『課題だから言ったの』って言い訳も出来るし。


 それにほら、お兄ちゃんって呼ぶ時と同じだよ。

 勢いで言っちゃえば良いんだ。

 『アリガトウ』とか『サンクス』とか『アザーッス』とか


 うん、いける気がしてきた。

 何としても春を終わらせてお兄ちゃんとイチャラブ生活を満喫するんだから!




「あ(りがとう)、お(にいちゃん)」

「?」


 よし、クリア。


 ヤバイお母さんが睨んでる。

 やだなぁ冗談ですよ。


 次こそちゃんとやるから。


「お(にいちゃん)、あ(りがとう)」


 なんで言えないの!?


 お兄ちゃんすら言えなくなってるし。

 どうして!?


「分かった。『お兄ちゃん愛してる』って言いたいのかな」

「はぁ!? なわけないでしょ! キモッ!」


 ぎゃああああ!

 ツンデレっちゃったああああ!


 でも、だって、あ、ああ、愛してるだなんて。


 その通りだけど!

 はわわわ。


「萌夏、お礼は無理して言うものじゃないよ」

「別にお礼なんて言うつもりないし!」


 言うつもりしかないし!


 でも流石お兄ちゃんだね。

 確かにいきなりお礼を言おうとするから上手く言えないんだ。


 お兄ちゃんはいつでも優しくしてくれるから、自然にお礼を言えるチャンスは何度もあるはず。

 その時にさらっと言えば良いんだ。


「萌夏、お弁当忘れてるよ」

「あれ? ホントだ! あ(りがとう)」


 変わらないじゃん!


 ダメ、どうしても体がお礼を言うことに拒否反応を起こしちゃう。

 それだけじゃない。お兄ちゃんとツンツンしないで会話することに拒否反応を起こしちゃう。


 多分素直になったらあまりにも好き過ぎて歯止めが聞かなくなるから。

 もしかしたらお兄ちゃんを襲っちゃうかもしれない。

 恥ずかしいだけじゃなくて、お兄ちゃんを困らせちゃうからツンツンしちゃうんだ。


 じゃあどうすれば良いんだろう。

 お兄ちゃんを好きで無くなれば良いの?

 そんなの絶対に嫌!


 このままじゃ課題がクリア出来ない。

 そもそも課題とか関係なくお兄ちゃんにお礼言いたいしこれまでのことを謝りたい。


 どうしようどうしようどうしようどうしよう。


 悩む私を救ってくれたのは、やっぱりお兄ちゃんだった。




「萌夏、ちょっとこっちおいで」

「はぁ? なんで私がお兄ちゃんのところに行かなきゃならないのよ」

「いいからおいで」

「っ!」


 いつもは私がツンツンすれば諦めるのに珍しく強引だった。

 仕方ないフリをして喜んでお兄ちゃんのそばに行ったら、なんと両手で私の両肩を抑えたの。


「ちょっと何勝手に触ってるのよ。離して!」


 反射的にツンツンしちゃったけれどお兄ちゃんは離してくれない。


 あぁ、なんて力強いの。

 体が全く動かせないよ。


 え、あれ、ちょっと待って、お兄ちゃんが顔を近づけて来たんだけど!


「きゃあ! 馬鹿! 変態! 死ね!」


 本気で照れて暴れそうになったのにそれでも動けなかった。


 お兄ちゃんは少しかがんで顔を私と同じ高さにして近づけた。


「お……おに……」


 あまりの恥ずかしさでパニックになり言葉が出ない。


 残念なことにお兄ちゃんはそれ以上顔を動かさなかった。


 もしここで私が目を瞑ったらどうなるのかな。


「萌夏、僕をしっかり見て」


 あはは、瞑らせてもらえなかった。

 しょぼーん。


 じゃなくて、お兄ちゃんの顔が間近にっっっっ!


「萌夏、僕をしっかり見て」


 お兄ちゃんの格好良い顔をこんな間近で見たら卒倒しちゃうよ!

 見れるわけないじゃない。


「萌夏、僕をしっかり見て」


 はうう、そう言われても。


 ああ、やっぱり格好良い。

 すきぃ。


「萌夏、落ち着いて。ゆっくりと言葉にしよう」


 落ち着けるわけない。

 言葉に出来るわけが無い。


 でも……


「おに……ちゃ……」


 不思議。


 お兄ちゃんに見られていて死にそうなくらい恥ずかしいのに。

 全力で抵抗して逃げてしまいたいのに。

 大好きなお兄ちゃんと見つめ合うなんて耐えられないと思っているのに。


 段々落ち着いて来た。

 お兄ちゃんの顔を見ると安心する。


 好きで好きで好きで好きで好きでたまらないけれど、お兄ちゃんの顔を見てお兄ちゃんの声を聴くと心が温かくなる。


「萌夏」


 お兄ちゃんが呼んでいる。

 優しい笑顔で私に語り掛ける。


 私の心を落ち着かせて前に進めるように手を差し伸べてくれる。


 ああ、きっと今なら言える。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 ほらね。


「どういたしまして」


 これで私は変われたのかな。

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