五月:自分からお兄ちゃんに話しかけよう
「え、母さんこの課題簡単でしょ?」
「そうね。いくらあの子でも一か月もあれば余裕で達成できると思うわ」
「いいの?」
「四月の課題は大変だっただろうからご褒美よ」
五月の課題は『自分からお兄ちゃんに話しかけよう』
高校生になる前までの萌夏ならば難しい課題だったかもしれない。
でも四月の課題のおかげで僕と萌夏は話をする機会が格段に増えた。
つまり話をすることそのものへの抵抗はかなり減っているのだ。
「このくらいの課題なら楽勝よ」
妹もそう言って自信満々だ。
そんなこと言ってどうせ可愛く照れちゃって上手くいかないんだろ?
母さんが罠を仕掛けているんだろ?
諸君はきっとそう思ったに違いない。
ぶっちゃけ僕も少しはその可能性も考えたよ。
でもゴールデンウイークで二人とも家の中で長い時間一緒だったこともあり、案外あっさりとクリアした。
母さんもすぐに合格を出した。
拍子抜け。
そんな言葉が頭を過ったけれど、この甘い課題にはちゃんと狙いがあったのだった。
――――――――
「ちょっとお兄ちゃん邪魔!」
「ごめんごめん」
移動したのになんで別の所に移動しちゃうのかな。
「お兄ちゃん冷蔵庫のプリン食べないでよね!」
「分かったよ」
それ確認するのもう五回目だよ。
「お兄ちゃんのせいで寝坊しちゃったじゃない!」
昨日夜遅くまで悶えてたからだよね。
ある意味僕のせいか、ごめん。
中学の時は何だったのかと思えるくらいに萌夏が積極的に僕に話しかけてくれるようになったのだ。
しかも『オニイチャン』じゃなくて『お兄ちゃん』ってちゃんと発音してくれる。
「し・あ・わ・せ」
「お兄ちゃんきもい!」
おっと思わず萌夏がいる前で喜びに打ち震えてしまった。
今のきもいは本気っぽかったな……ショック。
「お兄ちゃん!」
「…………なんだい?」
「~~~~っ! なんでもない! 馬鹿!」
これは調子に乗って呼んでみたは良いものの特に理由が無くて慌ててツン逃げしちゃったパティーンかな。
ね、可愛いでしょ。
萌夏は僕と話が出来るのが嬉しくてつい用もないのに話しかけちゃう病にかかってるんだ。
しかもね、しかもだよ、最初の頃は表情がツンツンしてたのに段々と慣れてきたのか僕が返事をすると嬉しそうな顔をするようになったんだ。
そのことに気付いて無いのがまた可愛くて可愛くて。
今ごろ『今日も沢山お兄ちゃんとお話ししちゃった~』ってベッドの上でゴロゴロしてるんだろうな。
目の前に居ても居なくても悶えさせてくれる萌夏は神では?
いや女神か。
僕との会話を慣れさせるのが母さんの目的だったんだろうな。
「母さん、ありがとう」
「急に何よ」
「僕は今幸せだよ」
「ふふ、この程度で喜んじゃダメよ」
そうだった。
毎月課題が出るという事は、萌夏にもっと凄い事をしてもらえるってことだから。
でもやっぱり心配だな。
「本当に僕達を高校生の間に結婚させるつもりなの?」
「ええ」
即答ですか、そうですか。
「でも萌夏が課題をクリア出来なかったり恥ずかしすぎて諦めるかもしれないよ」
「それは絶対に無いわ。そうなるように仕組んでるもの」
「仕組んでるとか言っちゃったよこの人」
裏でこそこそ動いてるんだろうな。
兄と義妹のイチャイチャを見るために人生の全てを費やすおかしな人だから当然か。
「それでも萌夏が逃げたら?」
「そうね。その時は……」
諦める、なんてことは間違いなくないだろう。
「セックスしないと出られない部屋って知ってる?」
「何言ってるの!?」
家族の会話で出てくる台詞じゃないんですけど!
「あれって生温いわよね。やるなら妊娠しないと出られない部屋が良いわ」
「え、その話続けるの?」
「妊娠検査薬を扉にかざして陽性だったら出られるとか……」
「母さん!?」
母と子の会話とは到底思えない。
父さんが聞いたら卒倒……しないで嬉々として参加して来るな。
チクショウ!
「まぁそういうことよ」
「待って、冗談って言って。まさか本当に準備しないよね」
「…………」
「冗談って言ってよ!」
シクシク。
本気の目だ。
こわぁい。
「そうならないようにお兄ちゃんがフォローしてあげるのよ」
「…………うん」
このままだと母さんの狙い通りになってしまう。
こりゃあ本気で覚悟しないとダメかもしれないな。
就職してから結婚ではなく、高校生の間に結婚しても萌夏を幸せにする覚悟を。
え? 母さんに反抗?
するわけないじゃないか。
だって本当は今すぐにでも萌夏とイチャイチャしたいもん。
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