四月:いつもお兄ちゃんと呼ぶこと その3

四季しき君好きです。付き合って下さい!」


 四季とは僕の事。

 僕は四季冬慈、妹は四季萌夏。


「君のような可愛らしいレディに愛されるなんて幸せだな。でもごめんね、僕は心に決めた人がいるんだ」

「そんなの知らん。良いから付き合えや!」

「怖ぁ」


 しおらしい女子だったのに突然鬼のような表情に激変して胸元をぐいっと掴まれた。

 カツアゲかな?


「コラコラ、勝手にキスしようとするんじゃないの」

「既成事実さえあれば! ぬおおおおおおおお!」

「どこにこんな力が」


 なるほど分かった。

 あそこにカメラが仕込まれているね。


 強引にキスを迫って写真に撮り拡散するつもりだったのかな。


 女の子って怖い。

 もちろん萌夏以外。


「悪いけど僕の唇は予約済みなのさ」


 彼女の腕を優しくふりほどき、これ以上厄介なことにならないようにと教室を後にする。


「ふええええええええん、振られちゃったああああああああ!」


 キャラブレすぎだよ。




 自慢じゃないけれど僕はモテる。


 萌夏に相応しいパーフェクトなヒューマンになるようにと両親に仕込まれたから。


 努力だけではどうにもならないイケメン属性については両親の遺伝子に感謝と言ったところだろうか。


 まさか僕が知らない間に強制的に整形とかさせられてないよね。

 あの両親ならありえるからちょっと怖い。


 ただ、僕は萌夏一筋だからモテても特に意味は無い。

 むしろ面倒なことが多い。


 例えば今なんて、まだ高校に入学したばかりだと言うのに毎日のように告白されて困っている。

 しかも最近は変わった女の子に呼び出されることが増えてより大変だ。


 ちょっと疲れたから萌夏の教室に寄ろうかな。

 チクショウ、なんで萌夏と同じクラスじゃないんだ!


「おお~い、萌夏」

「!?」


 教室に入るとみんなが一斉に僕を見てざわざわする。

 いやぁモテる男は辛いねぇ。

 一生に一度は言ってみたい台詞だけど何度も言ったことがある。


 繰り返しになるけれど自慢じゃないよ。

 本当だよ。


「萌夏、元気にしてる?」

「何しに来たのよ! オン」


 決まってるじゃないか。

 萌夏に『お兄ちゃん』って呼ばれるために来たんだ。


 やっぱり学校だと家よりも遥かに恥ずかしくて『オニイチャン』にすらなってないね。

 よし、もう一度だ。


「萌夏、元気にしてる?」

「…………」


「萌夏、元気にしてる?」

「…………」


「萌夏、元気にしてる?」

「うっさい! 馬鹿! 死ね! オオン」


 あちゃ~行っちゃった。

 トイレにでも逃げたのかな。


 今ごろ後悔してるだろうな。


『せっかくお兄ちゃんが来てくれたのに。私の馬鹿馬鹿馬鹿!』


 う~ん、やっぱり可愛い。


 でもこのままだと課題をクリア出来ないよなぁ。

 どうしよっかなぁ。


 なんて考えていたら萌夏のクラスの女の子が話しかけて来た。


「あの、四季君?」

「何?」

「四季君って妹さんと仲が悪いの?」

「あははは、そう見えるかい?」


 妹がツンデレてるだけなのなんて一目で分かるでしょ。


「萌夏はちょっと照れ屋なだけなんだ」

「そうなんですか?」

「うん。もしかしたらクラスでもあんな風に照れて暴走しちゃうかもしれないけれど、フォローしてあげて欲しいな」

「分かりました!」

「ありがとう」

「きゃあああ! 四季君に頼まれちゃった!」


 これで萌夏がクラスで浮くことはなくなったかな。

 こうして萌夏が学校生活を満喫出来るようにフォローするのも僕の役目だ。


 いずれは他人なんて気にせずに二人だけの世界に浸ってひたすらイチャイチャしたいけどね。

 それはもうしばらくお預けだ。


――――――――


「せっかくお兄ちゃんが来てくれたのに。私の馬鹿馬鹿馬鹿!」


 でもみんなの前でお兄ちゃんなんて恥ずかしくて言えないよ。


 どうしようどうしよう。


 このままじゃお小遣いが貰えないよ。

 それに協力してくれたお兄ちゃんに申し訳ないよ。


「四季さん?」


 あれ、人がいたの!?

 お兄ちゃんって言ったの聞かれちゃった!


「やっぱり四季さんだ」

「ええと、その、丸越まるこしさん、だよね」

「うんそうだよ」


 しかも同じクラスの女の子だった。


「もしかしてさっきの聞いてた?」

「うん。四季さんもお兄ちゃんの事が好きなんだね」


 うわああああああああん、恥ずかしくて顔から火が出そうだよ~!


 ってあれ、四季さんもってことはもしかして。


「私もお兄ちゃんのことが大好きなの」

「そうなんだ。って違うもん。私は別にお兄ちゃんのこと好きとかじゃなくて~~~~っ!」

「ああ、そういう」


 なんで丸越さんは平気でお兄ちゃんの事を好きだなんて堂々と言えるんだろう。

 なんで平気でお兄ちゃんって言えるんだろう。


 あれ、そういえば私もお兄ちゃんって言っちゃったような。


「四季さんと一緒にお兄ちゃんについてお話ししたいな」

「ええ!? 別にお兄ちゃんについて語る事なんか無いし!」

「そんなこと言わないでお話ししようよ」

「え、ちょっと、引っ張らないで」


 ……

 …………

 ……………………


「その時お兄ちゃんが颯爽と助けに来てくれたの! 超格好良かったんだから!」

「きゃああああ! 素敵! 四季さんのお兄さん凄い人なんだね」

「そうなのそうなの! それでね!」


 あれ、いつの間にか恥ずかしくなくなってる。


 丸越さんが聞き上手だからなのかな。

 それともお兄ちゃんラブの同志だからなのかな。


 恥ずかしいどころかお兄ちゃんの自慢が出来てとても楽しい!


「ねぇこれからは教室でもお兄ちゃんの話をしようよ」

「ええ、それは恥ずかしいよ」

「大丈夫だって。みんな気にしないよ。それに私も一緒だから」

「うううう、そうかなぁ」


 でも確かに丸越さんが自然に『お兄ちゃん』って呼んで『お兄ちゃん』の話をしているのを聞いていると、それが自然なことのような気がして来る。




「萌夏、一緒に帰ろう」

「なんで私が『お兄ちゃん』と一緒に帰らなきゃならないのよ!」

「え」

「あ」


 四月の最終日。

 自然に『お兄ちゃん』って呼べた!


「萌夏ああああああああ!」

「こ、こら抱き着くな。放してよお兄ちゃん!」


 ひゃああああ!

 お兄ちゃんに抱きっ、抱きっ。


 ぷしゅー


――――――――


「ミッションコンプリート」


 やったね、これで特別ボーナスゲット。


 いやぁ四季さんのお母さんに突然話しかけられた時は何かと思ったけれど、この程度のことで色々と貰えるなら全力でサポートするわ。


 これからも友達としてよろしくね。

 私、丸越早苗さなえが四季さんとお兄さんの仲をとりもってあげるから。

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