四月:いつもお兄ちゃんと呼ぶこと その1
コン……コン。
自室で勉強していたらドアを控えめにノックする音が聞こえた。
父さんも母さんも勝手に入って来るから、きっと萌夏だろう。
用件はあの話についてかな。
「入っていいよ~」
そう声をかけたけれど、ドアが開く様子がない。
『はうぅ、どうしよう。ここまで来たけどお兄ちゃんの部屋の中に入るなんて恥ずかしすぎて無理無理むりぃ』
なんて呟きながらドアの前で躊躇しているのだろう。
ああもう可愛すぎる。
今すぐにでも抱き締めたい。
撫でまわしたい。
でも今は萌夏の背中を押してあげることが先だな。
僕がドアを開けて中に入りやすくしてあげよう。
「萌夏だろ。ほら、中に入りな」
「こ、こ、こんなところに入るわけないじゃない!」
「まぁまぁ立ち話も何だし、入った入った」
「え、ちょっ、触らないでよ!」
う~ん、分かりやすい。
嫌がる言葉を言いつつも久しぶりに僕の部屋に入れると分かって嬉しそうにしている。
昔は入り浸ってたのにな。
頭撫でたら怒るかな。
怒るだろうなぁ。
うずうず。
「それで何の用だい?」
ベッドに座った萌夏は挙動不審な様子だ。
分かる。
分かるよ。
ベッドを意識しちゃってるんだよな。
でもさ、萌夏。
僕が見てないところで忍び込んで堪能してるよね。
知ってるんだよ。
いつもありがとう。
萌夏の残り香を使わせて頂いております。
だから今更慌てなくても良いと思うんだ。
それとも僕がそばにいると違うのかな。
一緒に寝るところを具体的に想像しちゃうとか。
萌夏ならありえそうだ。
僕が萌夏の部屋に行ってベッドに座ったらそうなるもん。
「…………仲良し証明書」
「中〇し証明書?」
「何そのピー音」
「気にしないで」
危ない危ない。
母さんの危険なボケが印象に残っていて思わず使ってしまった。
『はい、これが中〇し証明書。萌夏が来たら説明してあげて』
『何そのピー音』
わぁい。
萌夏のツッコミが僕と同じだった。
相性抜群だね!
ってそんなのはどうでも良いや。
恥ずかしいのを我慢してドアをノックしてくれたんだ。
そのご褒美にちゃんと説明してあげないとな。
「母さんから聞いたんだね」
「うん」
説明って言っても大した内容じゃないけどね。
「それじゃあ母さんから少しは聞いたかもしれないけれど、改めて説明するね」
仲良し証明書には『課題』が一つ書かれている。
『課題』は僕と萌夏が仲良くなるための内容であり、萌夏がクリアしなければならない。
『課題』がクリアされたかどうかは僕が判断して僕がサインする。
サイン付き仲良し証明書を提出すると翌月の初日にお小遣いを貰える。
未提出だとお小遣いは貰えない。
お小遣いと一緒に翌月分の仲良し証明書を貰える。
もっと簡単にまとめると、毎月課題を一つクリアするとお小遣いを貰えるということだ。
「意味分かんないんだけど」
「僕もそう思うよ」
母さんも父さんも何を考えているんだか。
こんなものが無くても僕達はいずれ昔みたいに仲良くなって結婚するのに。
「でも母さんが言い出したことだからなぁ」
「うう……」
冗談のような話だけれど間違いなく本気だ。
あの人はそういう人だ。
課題をクリアしなければ絶対にお小遣いを萌夏に渡さないだろう。
「じゃあさっさとサインして提出してよ」
「え?」
まさか課題をクリアしたことにしろって考えているのかな。
それはダメだって。
「嘘がバレたら母さん何すると思う?」
「…………」
二度とお小遣いをくれないならまだ良い方だ。
罰として四六時中監視して勉強させたり、素っ裸にして僕の部屋に閉じ込めて子作りするまで監禁するかもしれない。
出来ませんでしたごめんなさいって素直に謝って許しを請う方がまだお情けを貰える可能性がある。
母さんは嘘には厳しい人だから。
罰の内容が狂ってるけどね。
「とりあえず最初の課題見るか?」
「…………うん」
僕は母さんから貰った最初の仲良し証明書を萌夏に渡す。
そこには大きな文字で課題が書かれていた。
『冬慈の事をいつもお兄ちゃんと呼ぶこと』
最初の課題って考えると絶妙な難易度なんだよなぁ。
母さんが本気だってことがマジで分かるわ。
本気で僕と萌夏を高校生の間に行くところまでイかせる気だ。
「~~~~っ!」
うんうん、真っ赤になってて可愛いのう。
僕のベッドの上でそんな態度とられたら押し倒したくなるじゃないか。
義妹に対してジェントルであれってのは徹底的に仕込まれたから。
「~~~~っ!」
僕の顔を見て更に顔が真っ赤になった。
「~~~~っ!」
仲良し証明書を見て更に顔が真っ赤になった。
「~~~~っ!」
僕の顔を見て更に顔が真っ赤になった。
「~~~~っ!」
仲良し証明書を見て更に顔が真っ赤になった。
どこまで赤くなるんだろう。
可愛いけれど少し心配になってきた。
『どうしようどうしよう。お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶなんて恥ずかしくて出来ないよ。でも呼ばないとお小遣い貰えないし。でも恥ずかしいし。でも昔みたいに呼びたいなってずっと思ってたし。でも恥ずかしいし。でもお兄ちゃんと仲良くなりたいし。でも恥ずかしいし』
なんて感じで混乱しているのだろう。
もちろん僕はお兄ちゃんって呼んで欲しい。
でも僕がそう言ったら反射的にツンデレってしまいそうだ。
だから僕に出来るのは待つことだけ。
しばらくの間、葛藤している萌夏の超可愛らしい姿を堪能する。
脳内フォルダに永久保存した。
ちなみに脳内フォルダには膨大な量の萌夏データが保存されていていつでもすぐに引き出せる。
僕が萌夏のことを欠片たりとも忘れるわけが無いだろう。
おや、どうやら決心したようだ。
「お…………おに…………」
惜しい!
あと三文字!
がんばれ(はぁと)
がんばれ(はぁと)
がんばれ(はぁと)
「お…………おに…………ちゃ」
う~ん。
微妙だ。
でも合格にしちゃう。
だって萌夏がこんなにも頑張ったんだから。
僕は萌夏には甘々なのだ。
「ありがとう萌夏。そう呼んでくれたのは久しぶりだね。とても嬉しいよ」
「~~~~っ! ば、馬鹿! 何言ってるの! 課題だから仕方なく呼んであげただけなんだからね! 勘違いしないでよ!」
はぁ~ツンデレ萌夏が可愛くて尊死しそう。
なでなでした~い!
「ほ、ほら早くサインしてよ!」
ってあれ、まさか勘違いしてる?
まだ課題はクリアになってないよ。
申し訳ないけれど、僕はゆっくりと首を横に振った。
「なんで!?」
本当は合格にしてあげたいんだよ。
でも仕方ないじゃないか。
母さんは認めてくれないもん。
「
あ、気絶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます