第3話
…ジリリリリリ…。舞は目覚ましの音で目が覚める。朝7時。いつもの手順で準備し、いつもと同じ荷物を持ち、いつもと同じ道をいつもと同じ時間に通る。
職場に到着すると、もうすぐミーティングが始まるところだった。舞の職場では毎朝、夜勤者からの申し送りを受けるミーティングが行われる。
「…ちょっと聞いてよ…昨日202号室の西井さん、1階まで降りちゃって…そう…また息子さんの名前叫んでてね…」
昨日の夜勤で何かあったんだろうか。職員が少なくなる夜間ではどうしてもトラブルが起こりやすい。舞も何度か経験済みだ。
「夜間の申し送りです。202号室の西井泰子さん、深夜にエレベーターに乗り1階玄関前まで自力で移動されていました。エレベーターのボタンは210号室の山本さんが押してしまっていたようです。今後、危険がないよう安全対策の検討をよろしくお願いします。」
最近の泰子さんは夜、不穏な様子が続いてた。認知症による症状だ。何度も何度も誰かに助けを求めてたから、いつものことだと相手にしない人も増えているようだ。最近息子さんが面会に来なくなったのも原因のひとつだろうか。
「次に、208号室の小林清さん、昨夜も夜間居室から歩いて出て行き、ナースステーション手前で転倒されていました。失禁されていたようで、トイレを探す中で転倒されたご様子です。怪我は特になく、経過観察します。」
清さんは徐々に視力が低下していることと認知症の症状で、トイレの場所が分からなくなってきているらしい。ベッド横にポータブルトイレが置いてあることに気が付かず失禁してしまっていることも多い。
「…申し送りは以上になります。本日もよろしくお願いします。」
申し送りが終わると、誰かの家族らしき女性が面会の受付のためナースステーションに立ち寄っていた。
「おはようございます。小林清の家族のものですが、面会に来ました。昨日もまたご迷惑をおかけしたみたいで、すみませんでした。あの人、言うこと聞かないでしょう。いつもそうなんです。きつく言ってやってくださいね」
清さんの奥さんだった。熱心な人で、ほぼ毎日面会に来ている。清さんも、奥さんが来ている時は落ち着いて過ごしている様子だ。
今日の申し送りに名前があがっていた2人。同じように認知症を患い施設に入所している。繰り返し家族の名前を叫んだり、誰かの助けを求めたり、いつも不安そうな顔をしている。
毎日同じ場所で、変わらない日々を送っているのにも関わらずなぜ不安そうなのか。私たちが見えている世界とは違う世界が2人には見えているのかもしれない。それは、病気のせいなのか、それとも私たちには見えない不思議なものが本当に存在するのだろうか。
未知なるものが無数にあるであろうこの世界で、今日もいつも通りの1日が始まる。
日常のそばにひそむ @misa38
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