第2話

 清は、小さな料理店を営んでいた。清の振舞う料理は、地元ではおいしいと評判で、常連客も多かった。


 忙しい毎日であったが、自分の作る料理で喜ぶお客の顔を見るのが清にとって生きがいだった。


 妻と娘にも恵まれた。妻の和子は気が強い性格で、頑固な清と喧嘩することは日常茶飯事だ。気は強いが周りへの気遣いもできる妻は清の営む店では心強い人材であり、そういうところを清もなんだかんだ気に入っている。


 ある夜、清は店の片付けを終え、ゴミを店の裏に出そうと扉を開け外に出た。すると、清の目の前にはいつもと違う風景が広がっていた。薄暗い通路。そしていくつもの、扉。


 「え?どこだ、ここは?」


 清が開けた扉の方を振り返ってみる。暗闇の中に何かが置いてあるようにみえるが、暗くてよく見えない。


 「おーい!いないのか!おい!」


 清は妻を呼んでみる。が、返事はない。


 「あ、まずい、トイレ…」


 さっさとゴミを片付けてトイレに行きたい。が、ここがどこか分からないのではどうしようもない。


 見たところトイレのようなものは見当たらない。そもそも、ここは中なのか、外なのか。扉を開けて出てきたのだから、外だと思ったのだがそうでもないように見える。


 「おーい!いるんだろう、返事をしろ!おーい!」


 さっきまで一緒にいたはずの妻を呼び、暗闇の中を歩く。ひたすら歩く。いるはずなんだ。さっきまで、一緒にいたんだ…。


 あいつがいないと、俺はこんなにも不安なのか…。


 もうどれくらい、歩いただろうか。清の足どりはすっかりふらつき、今にも倒れてしまいそうだ。


 「おーい!!!」


 それでも、清は叫び続けた。遠ざかっていく清の日常を繋ぎ止めたい、そんな一心で叫び続けた。明かりが遠くに見えた。ほんの少しの明かり。きっとあそこに、妻がいる。


 「和子…」


 清は明かりの方へ歩いていく。たどり着くより先に清の足は限界を迎えた。ガクッとバランスを崩し、清はその場に倒れ込んだ。もう少しで…あともう少しなのに……。

 

 清の耳に、遠くから駆け寄る誰かの足音が聞こえた気がした。

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