日常のそばにひそむ
@misa38
第1話
泰子は買い物を終え、夫と息子が待つ家に帰るため駅で電車を待っていた。育ち盛りの息子のたかしのことだ、きっとお腹を空かせている事だろう。
しかし待てども待てども電車はこない。あたりは暗くなってきた。ぼんやりとした電灯の明かりが泰子の周りを照らし、不安な気持ちにほんの少しの安らぎを与える。
「おかしいな…。時刻表を見間違えたのかな。早く帰らないと、夕ご飯の時間になっちゃう。」
康子はうつむき、夫と息子の事を考える。夕ご飯を楽しみにしている2人の顔が目に浮かぶ。
ふと、顔を上げると、いつもの駅とは違う風景が広がっていた。周りには駅員も他の乗客もいない。看板も無くなっている。目の前にあるのは大きな2つの鉄製の扉。あたりを見渡すと壁に囲われていた。わずかな電灯の明かり。
「おかしい。ここは…どこ?誰か!誰かいませんか!誰か!!」
必死で叫ぶも虚しく、泰子の声に応える者はなかった。ここは駅ではなかったのか。いや、確かにいつもの駅に来たはずだ。そうだ、一度駅から出てみよう、と泰子は出口を探し回った。通路はあるものの、壁に囲われており出口らしい出口はなかった。
言い表せない大きな不安が泰子を襲う。夕ご飯を作ってあげられないどころか、夫に、息子に2度と会えないのではないか…。
「そんなのは…嫌…」
泰子は目の前にある2つの鉄製の扉に目を向ける。…出口があるとするなら、もうここしかない。扉には取手がない。全身の力を使って開こうとするが、びくともしない。
そんな時、後ろに人の気配を感じた。人だ…!!振り返ると、年配の男性がこちらに向かって歩いてくる。
「すみません!あの、ここの出口を探していて…。ご存じありませんか!?」
「ああ、そうかい。ははは。」
男性はそれだけ言うと扉の方に歩き出す。男性は暗い中、手探りで扉の周りを触る。下から上、隅々まで探る。すると、カチ、という音が聞こえた気がした瞬間、ガタンという音とともに1つの扉が開いた。
眩しい光が泰子を包む。これで、ここから出られる。家族に、会える。
後ろから、泰子を呼ぶ声がする。
「ダメ…!!行かないで!!」
制止する声は泰子には届かない。
帰ったら、3人で、ご飯を食べよう。ここであった不思議な話をたかしにしてあげよう。怖がるかもしれないけど。
怖がるたかしの顔を想像して、微笑む。康子が扉の中に入ると、ガタンという音をたて、大きな扉は閉まっていった。
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