第4話 かき氷はまだ溶けない (1)
タイムリープが397回続き、結果は違えど、その全てにおいて彼方は僕に好意を見せ、僕もそれに応え続けた。
でも、今回398回目。この何のひねりも脈絡もないこのタイミングで全てが変わった。 彼女が僕を嫌いだと言ったのだ。嘘をつかない彼女がだ。
これは自意識過剰ではないが彼女は僕が好きだ。本人の口から直接聞いたわけではない。だが、一緒に過ごしてきた中でそう感じていたのだ。
僕が彼女を愛しているのを直接聞いたわけでも見たわけでもないナツナ先輩が気付いたように。
だからこそ、この出来事がイレギュラーなのだ。いや、これだけではない。
それ以降のタイムリープにおいて、原因が何であれ彼女は僕に嫌悪感を抱き必要に僕を避け続けた。まるで何かに囚われているかのように。
それが14回続いたある日、彼女は僕に言った。
「先輩もうわたしの部屋に入ってこないでください」
その言葉は今まで聞いたどの言葉よりも冷たいものだった。
動揺し何か話さねばと口をパクパクと魚が餌を求めるように開くが、肝心の言葉は出てこない。
「ど、どうしてそんなこと言うんだよ」
この時の僕の顔は酷いものだったらしく、彼方は顔を歪ませながら言葉を続けた。
「わたし、先輩のこと信じられなくなったんです」
「信じられない?」
「はい。先輩、初めて会ったときに言いましたよね。絶対に君の病気を治すって、あれから何日経ったと思いますか? 一週間です! 一週間経ったんです。勿論神災病なんて治るわけないことも、一週間で治るわけないことも知っています。でも、あの時の先輩は本気でわたしに語りかけてくれて、本気でこの人なら治してくれるかもって期待もしたんです。それなのに―――」
彼方は言葉を句切る。シーツを握る手はプルプルと震えている。
俯いている彼女の顔を僕は見ることは出来ない。
「それなのに、先輩はわたしの病気を治してくれないじゃないですか」
「それは―――」それはって何だ? 僕は彼方に言い訳を言えるのか? 彼女の期待を踏みにじり、ありもしない希望をつくってしまった無責任な僕に、また彼女に嘘をつくのか。 俯いた僕に彼方は語りかける。
「先輩は自分の体がもう保たないかもって感じたことありますか?」
何も言うことができない。何か言うと反論されるのが怖いんじゃない。ただ僕に彼女に意見する権利がない。
黙る込む僕に彼女は大きなため息吐いた。
「あるわけないですよね。わたしは毎日そう思いながら暮らしています。表面上で元気を装いながらいつ死ぬかわからない自分の体に、もうちょっとあとちょっとでいいからってお願いする恐怖をあなたはわかりますか?
力を使えば使うほど衰弱していって、出来ていたことまで出来なくなる虚無感をあなたに理解できますか?
誰も助けてくれないと知って、諦めかけた時に、希望をくれて絶望に変えられた怒りをあなたは耐えられますか?
耐えられるはずがないですよね。だって先輩はわたしより弱くて、何も持ってなくて、ただ普通の暮らしをしながら死ぬ運命の人々を見ることしか出来ない看取り人なんですから」
彼方の言葉に僕は頷くことしか出来なかった。心の中で何度も謝っても意味ないのに肝心の言葉が出てこなかった。
結局僕は何も言うことが出来ず部屋を出た。去り際に何か言えば、何かが変わっていたかもしれない。確証なんてないし、自信もないけどそう思わずにはいられなかった。
結果は何も言えなかった。それだけだ。
だって僕は彼方の言ったとおり、ただ傍観することしか出来ない看取り人なのだから。
数日後。
彼方は息を引き取ったそうだ。どんな死に方をしたのか、どう苦しんだのか、何か遺そうとしたのかそれすらもわからない水の死体となって。
報告を受けて僕は直ぐに彼方の部屋へ向かった。あれだけ部屋に行くことを怖がっていたのに彼方が死んだと知ると何事もなかったかのように行けるこの体を心底憎んだ。それと同時に彼女にまた一から出会えると喜んでいる自分にも。
部屋の中はいつも見ていたものと変わるはずがなく、変わっているのはベッドの周りが異常に濡れていることぐらいだ。
ふと、僕はある変化に気付いた。それは引き出しの場所だけが何も変わってないということだ。普通、神災病患者が亡くなるとその付近のものは形が崩れ、色褪せる。
だが、引き出しの場所だけが何事もなかったかのように変化がない。気になり中を開けるとそこには、大量の丸めた紙がありそれを全部どけると一冊の本があった。
それはかつて彼方が恥ずかしがり見せてくれなかった日記。
興味本位で中を開くと何かがひらひらと地面へ落ちた。その正体に僕は気付き、驚愕する。それは僕たち二人の間でのみ使用された紙幣カナータだったのだ。
カナータは二回目のタイムリープとそれ以外のちょっとした機会にしか使用しなかったもので、今回のタイムリープでは使用してないのだ。
「どうしてこれが?」
驚きを隠せずにいる僕の視界にふとカナータが挟まれていたページに太く書かれた文章が目に入る。
『最期の話をしよう』
見覚えのあるその文字は荒々しいもので彼方のものではなかった。
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