Cicadas and my move in October|10月のセミと私の引っ越し
私は6畳の和室に横になり、しばらく天井を見つめていた。5年勤めた会社を退職し、明日この家を出る。10月でまだ暑さは残るが、今日は割と涼しく、網戸をすり抜けてくる風が気持ちいい。ただ、この異常な暑さのせいか、10月になっても、未だにベランダの外ではセミが鳴いている。
段ボールだらけの部屋に、昨日の送別会でもらった結婚祝いの数々が転がっていて、それを眺めていると色々と実感が湧いて来た。結婚を機に同棲を始めるが、退去日と新居の入居日の間の1週間は実家で過ごす事になっている。実家の部屋が狭いことや、引っ越しを機に断捨離したい気持ちもあって、家具や家電、衣服のほとんどは、引越しのタイミングでフリマアプリやリサイクルショップに出したので、引越し業者は使わずに、トラックをレンタルして弟に手伝ってもらう事にしている。うちの家族で唯一の男子として、弟のことは頼りにしている。
引っ越しの支度は全て終わっていた。この家で過ごした5年間を振り返っている内に、ちょっとだけ寂しさが込み上げて来たが、10月になっても鳴いているセミの鳴き声を聞いているうちに、心は前向きになっていて、どこか懐かしささえ感じていた。
私は樹齢まだ間もない木にしがみついて、1週間という人生を謳歌している最中だ。今期でセミ4期目になるが、10月にセミライフを迎えるなんてはじめての経験だった。人間だった頃の記憶はないが、セミの人生は永遠と記憶を上書きしていける。他の生き物に生まれ変わる際には、すべて記憶が消されてしまうが、1週間しか人生がないセミにとって、記憶が消えないのは魅力の1つだし、なんと言っても、1週間叫び続けることが、こんなに気持ちいなんて思いもしなかった。生まれ変わりのタイミングで、鷹とセミで迷って、結局セミを選んでしまう。
4年前にセミになって、記憶の上書きをするようになってから、あのアパートの2階の女の子がどうにも気になっていて、どうやら明日には引っ越してしまうらしい。記憶の上書きという特権が魅力的で、毎回セミを選択しているが、彼女が心のどこかで気になっていることも、毎回セミを選んでいる理由でもあった。明日で引っ越しする彼女に向けて、一段と叫びに力が入る。
「美咲、おめでとー!」
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