Size M for me and you|僕とあなたのMサイズ。

 テレビの向こうのキャスターが、芸能人のスキャンダルを真剣な面持ちで伝えている。今日は休みだからゆっくり寝ていたかったが、早朝にトイレで目を覚ましてからなかなか寝付けずに、リビングのソファでテレビをつけてからずっとこのありさまだ。さすがにお尻が痺れてきたので、遅めの朝食にする事にした。僕の気持ちはどんよりと雲がかかっていたが、窓の外は快晴。今日はカーテンを閉め切って家にこもろうと決め切っていたが、太陽の光でもいいから寄り添ってほしいと恋しくなり、カーテンを開けた。今の僕には十分すぎる明かりの中、最後の1枚になった地元のパン屋の食パンを一口かじる。腰かけたテーブルの向かいに居るはずだった彼は、もうそこには居ない。居てもどうせ食パンは1枚だったし、良かったのかも知れないと自分を無理に言い聞かせた。


 付き合いはたったの3か月だったが、初めて出来た彼氏だったから喪失感も大きい。出会いはバイト先の漫画喫茶で、同い年であった事や、好きなバンドが同じであった事、通っている歯医者が同じであった事もあり、仲良くなるのに時間はそんなにかからなかった。極めつけは名字も同じ斉藤であることも後押しした(ちなみに、僕は難しい齋藤という表記だったけど)。告白は彼からで、告白された時は本当に嬉しかった。人生で初めて、人とこの感情を共有出来たと実感できたからだ。


 付き合い始めて初めてのデートの日、僕たちは自転車で地元の商業施設に入っている洋服屋さんで、色違いのTシャツを買って、早速お互いにトイレで着替えを済ませた。世界は自分たち二人を中心に動いていると、目を合わせて微笑んだ。サイズは同じMサイズ。二人は結ばれるべくして、結ばれたのだとTシャツのサイズに運命すら感じていた。


 そんなMサイズのTシャツも今はハンガーに吊るされて、寂しそうに太陽の光に照らされている。お気に入りだったから、たったの3ヶ月弱でもくたくたになっていた。ハンガーに吊るされたMサイズを見て過ごす無気力な休日は、今日で何日目だろう。今日こそは、このTシャツと一緒に過去と決別しようと、僕はMサイズのTシャツを紙袋に詰めてリサイクルショップへと向かった。


 リサイクルショップまでバイクで行く事も考えたが、今日は天気も良いし、少し歩いた先にあるバス停からバスで向かうことにした。休日のバスの車内は人が少なく、1番後ろの席で、車窓から街を眺めていると、空っぽになったはずの心が少しずつ温度を取り戻していくようにも感じた。


 リサイクルショップ近くのバス停で下車し、リサイクルショップに到着すると、僕は真っ直ぐに買取窓口を目指した。胸に新人であることを表す名札をつけた女性が接客をしてくれて、呼び出しまで少し時間がかかると言われたので、店内を歩きながら見て回ることにする。店内に並ぶ服や家電、雑貨にもそれぞれの持ち主のストーリーがあったのだろうと思いを巡らせた。


 店内アナウンスに呼び出され、窓口に行くと新人の店員さんが事務的な説明とTシャツの買取価格がつかなかった事を教えてくれた。このTシャツに買取価格がつかなくても、様々なストーリーを背負った洋服達と一緒に並べられるのであればいいと快諾し、店を後にした。


 それから3ヶ月後、僕はまた同じリサイクルショップで彼と洋服を眺めている。僕たちは一度離れた事で大切な事に気づいた。同じバンドが好きな事や、苗字が同じであること、全く同じデザインのお揃いのTシャツを着ることが、僕たちを繋ぎ止めていたのではない事を。もう真新しいお揃いのTシャツを買う必要が無くなった僕たちは、それぞれが様々なストーリーを背負っている洋服を手にとり、レジへ向かう。もちろんサイズは、お互いMサイズ。

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