暮れる日も、明ける日も。
@seiji_iwanari
Sunny day and You|晴れた日とあなた
壁にかけられた時計の針は、10:08を指している。目が覚めた記憶はないが、いつの間にか時計の針を見つめていた。どのくらい見つめていたかは定かでないが、昨晩彼女から言われた言葉が頭をよぎる。「明日10時に改札前だから、寝坊しないでよね。」僕は勢いよくベッドから身体を起こし、生々しく、そして激しくうつ心拍が、ことの重大さを物語っていた。スマホを手に取り、取るべき行動を取ろうと画面を見ると、画面には「7:46」と表示されている。そういえば、昨晩時計の電池が切れている事に気付き、翌日にタスクを託していた事を思い出した。僕はカーテンを開け、窓から差し込む太陽の光に目を細めながら、強く打つ心拍がおさまるのを待ったが、一向に落ち着く様子は見えなかった。しばらくこれが夢でないよう祈っていた。
とんでもない始まり方をした今日だが、雲ひとつない空にできた飛行機雲が段々と空に飲み込まれていく様子を見ながら心を落ち着かせていた。不本意な形ではあったが早起き出来た事で、洗濯機に溜まった洗濯物たちも今では、ベランダで陽気に踊っている。掃除機もかけ、髪の毛もセットした僕は少し早いが自宅を出て、集合場所の隣駅まで歩いて向かうことにした。玄関を出る時に確認したポストには、今月の電気の利用明細が入っていた。付き合い初めの頃、環境問題に熱心な彼女に言われ、電気会社を変えたからか、少しばかりか使用量が減った気がした。今日は朝から色んな事があったからそう思いたいだけなのかと思ったが、すぐにそう思う事をやめた。今日は大好きなあの人とのデートだから。
玄関を出てアパートの階段を降りていると、カバンの中のスマホが鳴った。寝坊していないか心配した彼女からの電話だった。電話の向こうの彼女は僕が起きている事に驚いていた様子だったが、どこか嬉しそうで、電話越しだったが目を細めて笑う彼女が想像できた。今日はもっと素敵な笑顔が見れるはず。なぜなら、彼女が欲しがっていたPLASTICITYのサコッシュをプレゼントに用意しているからだった。廃棄されるはずだったビニール傘で作られたこのサコッシュをプレゼントする日が、こんなに晴れた日なんてのも、なんかいい。そして彼女が僕側の肩にサコッシュを掛けて、「まるで相合い傘みたいだね」って最高じゃないか。
隣駅まで徒歩25分。普段はもっぱら電車か車で移動をしているから、隣駅までの道を知らない僕は、Google Mapを片手に歩き始めた。この街に越してきてもうそろそろ1年が経つが、全く別の街に感じる。同じ形をした一軒家が並ぶ住宅街に入り込むと、紫に塗られた壁に、緑の屋根の一軒家が存在感を発揮している。「一軒家を建てるときに、夫婦で揉めなかったのだろうか」などと妄想に耽る。隣駅までの道のりは単純で、25分があっという間に感じた。集合時間の20分も前に駅前に到着したが、そこには彼女の姿が。きっといつもこうして早く来ては、時計を何度も見て僕を待っていてくれたのかと思うと、愛おしく感じた。
駅前で待つ彼女に小走りで近づく。さっきまで軽かった足取りが急に重くなる。彼女は僕に気づき、透き通る笑顔を僕に向け無邪気に手を振る。その透き通る笑顔と同じくらい、透き通るサコッシュ。僕があげるはずだったカバンは僕の手の中にあるのに、なぜか彼女は同じものを肩から下げている。今朝は夢でないように祈っていたが、今回ばかりは夢である事を強く祈った。なんとか笑顔で手を振り返すが、下手くそな笑顔になっていることが自分でもわかる程だった。彼女も僕の異変に気づき、PLASTICITYの紙袋を見て、察してくれたようだったが、彼女はそれでも笑顔だった。「ありがとう。嬉しい。」と言って、自分のサコッシュを僕の首にかけ、アメリカの子供が誕生日プレゼントの包装紙をワイルドに剥がすかのように、無邪気にサコッシュを取り出し、自らの肩にかけ、目を細め「相合い傘...ではないか」と無邪気に笑ってみせた。
本日2度目の心拍数の上昇も、今回はすぐに落ち着いた。彼女の肩に下がるサコッシュを見た時の絶望を超える出来事が簡単に訪れたからだった。同じサコッシュを肩から下げカフェに入る。お互いに鞄から取り出したのは、お揃いのマイボトル。サコッシュに加え、マイボトルまでお揃いときて、店員さんが僕たちに笑みを浮かべ、僕らは顔を赤くして視線を合わせた。
壁にかけられた時計の針は、10:08を指している。目が覚めた記憶はないが、いつの間にか時計の針を見つめていた。テーブルに目をやると、空いた缶ビールが3つ。お酒はあまり強くない癖に少し飲みすぎた。体を起こすと頭がガンガンしたが、カーテンの向こうは晴天で、カーテンを開けると太陽の光が、二日酔いの僕を暖かく包み込んだ。雲の少ない晴天で、出来たばかりの飛行機雲がくっきりと見えた。
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