商品を盗んでいこうとした地味女子高生に、万引きがいけないことだと分・か・ら・せ・る

みゃあ

悪いことしたら、お仕置きしなきゃね


 私――黒川くろかわ誘世いざよはコスメショップで働いてる、どこにでもいる普通の女子だ。

 友人にはちょっと派手だよねなんて言われることもあるけれど、女を磨くのなんて当たり前。

 この業界じゃ、印象が薄いやつよりかは見栄えがいい方がお客さんに重宝される。相談だって、しやすい。

 ま、そんな単純な理由でもないんだけど。


 私は異性より、同性に惹かれることが多い。いわゆる同性愛者ってやつだ。

 この仕事を始めたのも気になる女性店員がいたことがきっかけだったし、来店してくるお客さんに自分好みの人がいれば、積極性を見せたりする。そのさい自分を売ってでも、お近づきになりたい。

 仕事とプライベートは分けなきゃって、肝に銘じてはいるけどね?

 


 その日も普段通りに仕事をしていると、夕方になってから、ひとりの女の子が来店してきた。

 前髪が目元にかかるぐらい長く、髪はボサボサで、もっさりした印象を覚える女の子だ。肩からカバンをかけ、キョロキョロと辺りを見回している。


 「怪しいわね……」


 直感的にそう思う。ああいう周囲を警戒してるタイプは、これからいけないことをしますと主張してるようなもの。

 私は一度店の奥へと戻り、監視カメラを使って動向を確認することにした。

 

 見られてるとは気づいてないのか、それとも監視カメラの存在が頭から抜けているのか。

 彼女は店の商品をひとつ手に取ると、――それをカバンの中へ入れた。

 

 「……やったわね」


 声が震えてしまう。こういうのは店側にとって損害以外のなにものでもないし、決して許されることでもない。

 そうこうしてる間にもうひとつ。盗るたびに視線を向けてる方向が気になる。

 私は別のカメラを確認してみた。そちらにはいかにも派手ななりをした女子が三人、映り込んでいて。

 合図のようなものを出してるのが、分かった。


 「なるほど。そういうことね」


 私は店の奥を出ると、わき目もふらずに彼女の方へと近づいていく。

 当人は一仕事終えたとばかりに大きく息をつき、店を出て行こうとしていた。

 その手を、私は掴んだ。


 「へ?」

 「あなた、万引きしてるよね?」

 「……っ!」


 気づかれてないとでも思ったのか、ハッとしたような顔をして、目を逸らす。逃げる意思は、ないようだ。というより、身体が震えで動かないのかも。

 先ほどまで店先にいた三人組は、一目散に走り去っていく。まぁいい、この子に聞けば素性も分かるだろう。

 

 「あれ、黒川さん、どうかしたの? 知り合いの子?」

 「……この子に話があるから店の奥貸してもらうわ。その間、店の方よろしくね」

 「え、まぁ、いいですけど」


 ほかの店員に店先を任せ、私は彼女を引っ張っていく。

 彼女を中に招き入れ、扉を閉めた。驚いたようにビクッと肩を跳ねさせる。

 チラと顔を覗けば、涙目だ。もう何もかも諦めたような顔をしている。

 

 「そこ、座って」

 「……っ」

 「カバンの中、確認させてもらうから」

 「はい……」


 確認するまでもないのだけど一応、状況をはっきりさせておくには必要かな。

 私はカバンを開け、中身を取り出していく。


 「化粧下地、ファンデ、アイブロウにアイシャドウ、アイライン、チーク、リップ……よくもまあ、こんなに」

 「ご、ごめんなひゃい……っ」


 見ると、我慢できなかったのか堰を切ったように涙を流している。小さく身体を震わせるさまはまるで小動物だ。

 盗んだものをテーブルに並べ、カバンの中に入っていた生徒手帳を取り出す。


 「双葉ふたば芽衣めい……これ、あなたの名前で間違いない?」

 「ひっぐ……はいっ」

 「学校は、近くの高校ね。私も通ってたからよく分かるわ」

 「ぐすっ……うっ……」

 「あのね、泣いて許されるのは、モノを知らない子供だけよ?」


 私の言葉に驚いたように、身体を大きく跳ねさせた。おそるおそるといったように、視線を触れさせてくる。

 それが私の心をざわつかせた。いけない気分にさせるのには、充分すぎた。

 

 私は彼女にゆっくりと近づき、目元にかかる前髪を、かきあげた。


 「……っ!」


 うん、バランスは悪くない。目元の形も眉の形状も。口元に輪郭だって。

 驚きでよりあふれる涙を拭おうともせず、蛇に睨まれた蛙のように、じっと私の目を見つめてくる。

 

 「万引きしたものをどうするつもりだったの」

 「……っ」

 

 いま、目を逸らした。答えたくないというよりは、答えられないといった感じね。

 おおかたあの子たちから口止めされてるんだろうけど、ま、とりあえずはいっか。

 自分がどれだけ悪い子なのかってこと、この子に教えてあげなきゃ。


 「ふふ、使い方も分からないものを盗むつもりだったのね」

 「……っ」

 「なら、教えてあげる」

 「え……」


 呆けたような顔で見上げている彼女に、私は盗まれたものの中から化粧下地を手に取り、中身を出して指先につけていく。

 それを彼女の顔に、触れさせた。


 「あ、あのっ……」

 「じっとしてて。動かれるとやりづらいから」

 「……や、やめて、ください」

 「どうして?」

 「そ、それ……わたしが、盗んだもので……」

 「そうよ。あなたが万引きしたもの。悪いことして、手に入れようとしたもの」

 「……っ」

 「悪いことしたらさ、自分が悪いことした、いけないことしちゃったんだって、ちゃんとわかってもらわなきゃね」

 

 私の言ってることが伝わったのかはこの際どうでもよかった。

 予想した通り、彼女は物分かりがいい子みたいで、ビクつきながらもされるがままだ。

 化粧下地を塗り広げ、ファンデで馴染ませていく。アイブロウからアイラインで目元や眉に変化をつけ、チークで頬に色を付けて、リップで色気を出していった。

 一通りの流れをこなし、私は近くにあった鏡を彼女の前に持っていく。

 瞬間、息を呑む様子が伝わってきた。


 「どう思った?」

 「……これが、わたしですか……?」

 「そうよ。あなた顔のバランスは悪くないから、しっかりメイクすれば、化けるのよ。ま、盗んだものじゃ、まだ雑味はあるけど」

 「……っ」

 「あなたでも変われるの」


 彼女がじっと見つめてくる。縋るような眼差しに、私の心のざわつきが、大きくなっていく。


 「今日みたいなバカなことはもう二度としないと誓って」

 「……はい、誓います……っ」


 声を震わせながら、涙目で彼女は宣言した。少しだけホッとしたかのように、はりつめていたような表情が緩んでいく。

 あーあ、気を許した顔しちゃって。そういうのを油断っていうのよ。


 「でもあなた、ほんとは根っからの悪い子ね」

 「え……っ」

 「お姉さんも、悪いスイッチ入っちゃった」


 私は間髪入れずに、彼女に近づき、唇を奪ってやった。


 「っ!?」


 触れていたのは五秒にも満たない間だったけど、彼女にとってはとうぜん予想外のことで、頭がフリーズしてるみたい。

 目を見開いて、その瞳に映る私は、いけない顔をしてる。

 いけない顔の私が、口角を上げた。

 

 「悪い子には、お仕置きしなきゃね」

 「――っ!?」


 私が再びキスをしたのと、彼女の硬直が解けたのはほとんど同時だった。

 驚いてか、突き飛ばそうと手を差し向けてくるけれど、手を頭の後ろに回してるから、さほど影響もない。

 ……この期に及んで抵抗しようなんて、ほんと悪い子ね。


 「ちゅ、ちゅっ」

 「ん、んっ……」


 大人の力には叶わないと悟ったのか、それとも気持ちよくなってきたのか、伸ばしてきた腕がずり落ちていく。

 目と鼻の先にある、彼女の目尻が下がっていく。潤んだ瞳が、私を捉えて離さない。

 そんなに可愛らしい顔されたら、こっちも燃えるのよね。


 「んふ……」


 私は唇を触れ合わせながら、舌先でノックしてみる。おそるおそるといった感じで、彼女は唇を割り開いていく。

 歯列に舌を這わせるたびに、ビクビクと身体が跳ねるの、面白いわね。


 「……っ……っっ……」


 もはや抵抗の意思はまったくと言っていいほど感じなかった。今までもこうやって流されてきたのかもね。

 彼女は、ただひたすらに気持ちいいを味わってるようにみえた。無理やり舌を絡まされてるっていうのに、されるがまま。

 むしろその瞳で、私の劣情を煽ってさえくる。ほんと、いけない子ね。

 

 「……っ!?」


 おもむろにスカートの中に手を入れると、さすがに驚いた顔をされた。ここまでするつもりはなかったんだけど、あなたがそうさせたのよ。

 私は自分にそう言い聞かせて、彼女の気持ちいいを刺激していく。


 「……っ! ……っ、ぁ……」


 初心そうな見た目のくせに、なにも知らないようでいて、しっかり女の顔するのね。私好みの、タイプかも。


 私は彼女を昂らせるだけ昂らせ、タイミングを見計らって動きを止めた。


 「ぁ……ぇ?」

 「お仕置きなんだから、気持ちよくなれる訳ないでしょ」


 驚いたような顔を見せる彼女を、私は冷たくあしらった。



 ◇



 「あのっ、お金……足りないかもですけど」


 おそるおそる、カバンから財布を取り出してきた彼女。けれど、私はその手を止めた。 

 パチパチと瞬きをしてる彼女に、私は言ってやった。


 「ま、今回は初犯だし、私が商品勝手に使っちゃったのもあるから、チャラにしといてあげるわ」

 「そ、そんなっ」

 

 申し訳なさそうな顔で、声を上げる彼女の肩を、掴む。一瞬ビクッと跳ね、それからなにかを期待するかのような瞳が、こっちを向いている。

 私はそんな彼女をくるりと回れ右させ、トンと背中を押す。


 「え……」

 「ほら、帰った帰った。お姉さん、仕事あるんだから」

 「……っ」


 残念がるようにチラチラ視線を向けてくるけれど、悪いことはもう終わり。あなたはまた、普段の日常に戻るの。

 そんな風に考えてたら、彼女が口を開いた。


 「あの……また、来てもいいですか……?」

 「……ん、今度はちゃんといい子でね」

 「……っ」

 「そしたら、もっとたくさんいいこと、教えてあげる……」


 私の言葉に頷きを返す彼女の瞳は、キラキラと輝いていて。

 いけないことを覚えた、悪い子のそれだった。

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商品を盗んでいこうとした地味女子高生に、万引きがいけないことだと分・か・ら・せ・る みゃあ @m-zhu

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