最終話 チュッチュコチュッチュコ


「なんや自分、そんなんズルやん。泣き落としなんぞ、今時流行はやらへんで」


「……だよね、うん、わかってる。どこの誰が、好き好んで魔王に喧嘩売ろうなんてするか、だよね。ハハ、忘れて」


 すぐに取りつくろって涙を拭い背を向けるも、もはや誤魔化すことなど不可能だった。沈んだ笑顔で冗談と否定したところで、ただただ痛々しく、流石のポム山も引いていた。


「……それがわざわざリスクを冒して国を出てきた理由っちゅうわけか。でも納得いかへんな。なんでワシやねん、他にもいっぱい強いのおったやろ!」


「当たり前だよ。だって私、……エルフだもん」


「関係ないわ!」


「あるよ! ……ポムさまはわかってないんだ、私たちエルフを取り巻く状況なんか。だから平気でそんなことがいえるんだよ」


「へん、ポロポロ涙流したくらいで世界変えれるなんて、そんな甘ったるい話があるかいな。世の中なんぞな、結局己の腕一本でしか変えられへんねん。誰かに頼ろ思てる時点で負け確や、諦め」


 辛辣な言葉を飲み込むように頷いたルルルは、それきり口をつぐんでしまった。ムッとしたまま黙っていたポム山も、無言の時間が続けば続くほど耐えられなくなり、ついに二分の沈黙ののち、目をひん剥き叫ぶのだった。


「だー、わーった、わーったて、いつまでも目ん前でメソメソメソメソすなやドアホ!」


「……え?」


「やったる、ワシがやったるやさかい。……せやからええ加減泣きやみ。しんきくっさいくっさい、カビ生えるで」


 顔を逸らしてボリボリ腰を掻く珍獣の姿を見つめたルルルは、再び噴き出す涙を拭うことなく抱きつき、ぐりぐりと背中の毛を顔に押し付けた。


「ありがと、うれじぃー!」


「や、やめい! ワシの柔らかおけけで涙と鼻水拭うのやめれ!」



 ーー こうして怒張の魔王ダラストを打ち負かすため新たな旅へ出た二人は、最短距離で、それこそさっさと目的地だけを目指し、ああでもない、こうでもないと歩を進めた。


 次々と強大な敵を撃ち倒し、豆を食べ、喧嘩をしては豆を食べ、敵を押し潰しては豆を食べ、鼻歌交じりで絞った豆乳を飲んだ。


 しこたましこたま豆を放ち、それこそ嫌になるほど豆料理を二人で作って食べた。それからもう一生分の豆を食べ終えた~とゲップした頃、ついに血塗られたエルフの郷へと辿り着き、最強最悪との呼び声高い、怒張の魔王ダラストを何事もなく討ち取った。



「なーっはっは。どやさ参ったか、これがキングオブ豆鉄砲の実力じゃい!」



 飛び散った紫色に染まる血の海を横目に高笑う。

 倒されず、わずかに残っていた魔王の部下たちも引くほどの惨状を、恨みや因果一つなく作業的に終わらせた小さなぬいぐるみボディーの珍獣は、なぜか少しだけ恥ずかしそうに、へへっと鼻の下を掻いた。


「どーやらこれでおのれとの旅も終わりみたいやな。せーせーするで、ホンマ」


 涙を流して頷いたルルルは、ポム山の尻尾でビーンと鼻をかんでから「嬉しい」とだけ呟いた。


「そんならもう行くわ。これでようやっと一人で自由に進めるで」


 くるりとターンし、短い腕でダンディーに珍獣が手を振る。しかしルルルはがっしりと尻尾を握ったまま手繰り寄せ、ポムっとポム山を抱きしめた。



「イヤです、私はずっとポムさまに付いていきます。付いていくって決めたんです。この恩を、一生かけて返すって!」


「いや、そんなんいらんのやけど……」


「決めたの!」


「だから、勝手に決められても……」



 ーー そうして死んだ目をした珍獣とご機嫌少女の旅はもうしばらく続き、順々に要領を掴んだポム山は、それこそ作業的に攻略を進め、最後に立ちはだかった最強最悪の魔人をチョイチョイとやっつけた。ものの二十分弱で。


「ほい、一丁上がりや。せやから言ったやん。お豆さんは人権、お豆さんは最強やって。まいったかボケナス!」



 こうして悪は消え去り、異世界に平穏が訪れた。


 世界は喜びに溢れ、森や平原では鳥や花たちがちゅんちゅんと戯れ、水は輝き、澱んでいた空気は澄み渡り、つがいの動物たちは我を忘れたように腰を振り、人間たちも平和に託け狂ったようにずっぽしずっぽし戯れていた。


 街へと戻った二人は、平和を満喫する人々の笑顔を妬みの目で見つめながら、心底軽蔑した表情で舌打ちした。



「……なんや知らんけど、平和すぎんのもそれはそれで腹立つな」


「ですね。そこかしこでチュッチュコチュッチュコしやがって、卑猥な犬コロたちめ。私なんかカレピもいないのに!」


「ま、せやけどこれでホンマに終いやな。スッカスカの洗濯板女との珍道中もこれでいよいよオサラバや」


「ふん、そんなこと言っちゃってさ。……本当は寂しいくせに」


「んなわけあるか。そもそもワシはこんな世界で遊んでる暇ないねん。さっさと帰って、次の仕事せなあかんのやから」


「え、……次の」


「何度も言うたけど、ワシ本来この世界の凡夫とちゃうねん。アッチの世界の偉いさんやから、まだまだやること山積みやねん。めっさ忙しいの!」


「……もういいじゃん、そんなの。そんなのより、私たちもさ、この平和な世界でさ、平和なだけな世界でさ、…………一生さ、一緒に暮らさない?」


「く、暮らさへん」


「……みんなみたいにさ。あんなことしたり、こんなことしたりしながら、幸せに……さ」


「……あ、あんなこと。こんなことって、ど、どんな」


「ふふ。ポムさまは、……どんなことしてほしい?」


「どんなって、そんなん……」



 そっと耳元に顔を寄せたルルルは、彼にだけ聞こえる声でそっと呟き、「大好き」と悪戯に笑った。しどろもどろの泳いだ目線でボリボリ尻を掻いた男は、いつもより少しだけ頬を赤らめながら「ふ、ふん」と満更でもない顔をした。



「ま、まぁあれやな。わ、ワシも忙しい身ぃやけど、た、たまにはゆっくりするのもええかもな。す、少しだけやで、ホンマに少しだけやからな!」



 ルルルが抱きつき、ポム山の頬にキスをした。されるがままイヤらしい顔で清ました顔をする珍獣は、何か人生の大きな決断でもしたように、小さく二度頷き、目を瞑るルルルと唇を重ねた。




 しかしーー




『ハイハイ、お疲れなの。しっとりがっちりベロチュー決め込んでるとこ悪いなのだけれど、早速次のお仕事の時間なの』




 周囲の喧騒が唐突に止み、カリカリとペン先の滑る音だけが聞こえる空間へと転移され、住民たちと同じようにイチャコラタイムにいそしもうとしていたポム山は、カッと目を見開いた。


 するとそこはいつか見た懐かしくも古臭い加齢臭のする部屋の一角で、目の前では山積みになっている書類の隙間から、無の表情で己を見つめて座るヤギの姿がちょこんと佇んでいた。



「か、か、か、カチョー……?」


「なの。チミの上司、パルー課長なの」


「ぽ、ポムさま、これは一体。このヤギさんは……?」


「大サービスで二人一緒に行動するのは許してあげるなの。でもそれとこれとは別の話なの。仕事とチョメチョメは一切無関係、関係ないオブチョー無関係なのよね」


「しょ、しょれはどーゆー……?」


「では問題なの。取り組んでる仕事が一つ終わったとするなの。そしたらチミは次にどうするなの?」


「で、でしゅから、しょれはどーゆー……?」


「一つ終わったら、また次の仕事に取り掛かる。これ社会の常識なの。ということで早速次の仕事なの。次は第八メガポチョムキン三惑星ドボチョンピョパミョパミョ国で天禄魔王の撃退をしてもらうデバッグのお仕事なの。これ、課長命令なの」


「だ、第八……」


「そ。で、新たな条件は以前にチミが出してた例のアレなの。"カレー"のアレ」


「え゛? でも、しょれは冗談っちゅうか、ほんのデキゴコロっちゅうか」


「う~ん? チミは大切な大切な転生者さんたちの人生を、冗談半分で扱ってるなのなの?」


「しょ、しょれはちゃうけど、ちゃうけども、言葉のアヤっちゅうか!」


「そんなら行ってらっしゃいなの。次の能力は、"カレーが人五倍美味しく感じがち"なの。では頑張ってなの~!」




 ミギャーと叫ぶポム山とルルルが新たな異世界へと飛ばされたところで、パルーは一枚の紙に、大きく「済」と書かれたハンコを押し、あ゛~と項垂れながら腰を叩いた。





ーーーーーーーー

ーーーー

ーー






「はい、ポムさま、あ~ん❤️」


「あーん、とちゃうやん。カレー食うてる場合とちゃうねん」


「そんなこと言わずぅ、はいアナタ、あ~ん❤️」


「パクッ、うま~い、五倍うま~い。て、言うてる場合か!」



 モンスターにやられて顔面ボッコボコになったポム山がカレーの美味さに慄きながらツッコんだーー





 出来心だった。

 冒険者さんには悪いことをしたと思っている。

 今は反省している。





 半年後、攻略そっちのけのまま異世界でカレー屋を開いた挙げ句、上記のような犯罪者が残す供述調書じみた報告書を提出され、パルーが激高したことは言うまでもない。




「もうイヤやー、デバッガーなんぞ懲り懲りやー、女神なんぞ、女神なんぞもうやめたるぅ!」






~ 完 ~






 え?

 男のポム山がなぜ女神になったのかって?


 ジェンダーレスの時代に、そんな些細なことわざわざ聞いちゃう?



 別にどーでもいいじゃん、そんなの。



「これからはジェンダーレスの社会やから、男のワシでもひょっとかして女神になれるんちゃうん? ワンチャンあるんちゃうん?」



 ってチン○ン股に挟んでふざけ半分で採用試験受けたら受かったんだってさ。



 知らんけど!





~ ザ・レジェンドオブ 完 ~

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異世界転生係のポム山さん~デバッガーとして堕とされただけの女神(♂)さんですが、自分にできるのは指から豆を出すことだけですので~ THE TAKE @take_creation

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