第8話 ガリクソ洗濯板


  ◆ ◆ ◆ ◆


「あの~……?」


「な~に、ポムさま?」


「いや、ポム様ちゃうやん。いつまでワシを抱き抱えてるつもりなん?」


「いつまでって。ずっとですよ、ポムさま♪」


 仰々しいマントを外し、頭を覆い隠すフードを引っ剥がしボーイッシュでラフな姿に着替えた女は、ムギュッとポム山を抱え背中に顔を埋めた。そしてスーッと深呼吸してから「豆くちゃ~い」と笑った。


「笑ってる場合か、離さんかボケナス!」


「離しやしません。だってやっと見つけたんだもん、私の大天使様!」


 高く掲げくるくる回った女は、ポム山をぬいぐるみのようにポーンと投げ上げた。されるがまま何度も宙を舞い、ムムムと顔を顰めたまま、男はしばし上下動を強いられた。


「それでポムさまぁ、これからどの魔王をメッタメタのグチャグチャに地の底へ沈めるんですかぁ?」


「おのれに関係あらへんやろ……」


「だったらぁ、一匹オススメがいますよ。まずは怒張の魔王、ダラストをやっちゃいましょう!」


「……いやや」


「そんなこと言わないでー。ほーら、お姉様もぉ、こうしてお願いしてるんだからぁ」


 板切れのような胸を押し当て、薄着の隙間から覗く柔肌をアピールした女は、お願いと腕を回してトロンとした目をして見せた。


「パパ活中のJKか、おのれは。そもそもワシ、ポヨンポヨンちゃんが好っきゃねん。おんどれみたいなガリクソ洗濯板はアウトオブ眼中オブザイヤーなの!」


「ムー、酷いポムさまったら、こんな豊満ボディーを目の前にしておいて!」


 アバラ骨をゴリゴリと押し当てながら、女は嫌がらせのように胸を強調してアピールした。


「そもそも誰やねん。馴れ馴れしく話しかけてくんな」


 ポム山の頬にチュッとキスした女は、「ルルルちゃんでーす」と自己紹介した。


「るるるぅ?」


「そ、ルルルちゃん。絶賛成長中の16歳だお♪」


「だお、じゃねぇわ。くらわすど!」


「ヒィ~、やめて~www キャハハハ!」


 響かないルルルの様子に面食らったポム山は、これほどまでに根明な女が姿を隠して旅をしていたかを想像した。しかしなぜ自分はそんなことを真面目に考えてんだと冷静になり、異世界へ渡る前夜に見かけた、あの子のオッ◯イを想像してニヤけた。


「あ、ポムさまエッチな顔してるぅ、私の魅力に気づいたのかぁ? 嬉しー!」


「喧しわアバラボーン。おのれのヒンヌーで、この女神様が欲情するとでもぉ!?」


「女神……、さまぁ?」


「おっと、そんなんはどーでもええねん、どーでもええから、まずワシをぬいぐるみのように扱うのをやめい!」


 放り投げられた瞬間を見計らって浮き上がったポム山は、「ほな」と肉球の浮いた手のひらで手を振り、小指を鼻の穴へと突っ込んだ。


「待ってポムさまぁ。そんなこと言わずに手伝ってよぉ!」


「暇ちゃうねん。そもそも人助けとか興味あらへんし」


「そこをどうにか、おねがーい!」


 ジャンプして珍獣の可愛らしい尻尾を掴んだルルルは、ぷらんとぶら下がった。千切れる千切れると充血した目で暴れたポム山は、そのまま森の中腹に着地した。


「尻尾にぶら下がる奴があるか! プリチーな自慢の尻尾が千切れたらどないすんねん!」


「だって~、ポムさまが話を聞いてくれないんだもん」


「聞いてなんの得があんねん。おのれなんぞ不要やし、なんなら誰の力もいらん」


「そんなこと言って、これからどこに行くかも決まってないくせにぃ」


「しょ、しょれは……」


「私、この世界のこと色々知ってるんだけどなぁ。ポムさまが、し・ら・な・い・こ・と!」


「ふ、ふん、きさんが知ってることくらい、ちぃとワシが聞き込みすれば、すぐ集まっちゃうもんね」


「……ホントにそぉ?」


 そう言うと、ルルルは初めて正面から顔を晒した。

 ピンと尖った耳と薄ピンク色の短い髪が特徴的で、少しだけ緑がかった肌は透き通るように美しく、陽の光に照らされた瞳は青色とオレンジ色が混じったような鮮やかなものだった。16歳とは思えぬほど幼さは感じさせるものの、どこか高貴さが漂う佇まいは、その人物のバックボーンを想像させた。


「なんや、おのれエルフやったんか。……そういうことかいな」


「フフッ、そ~ゆ~こと!」


「でもええんか、ワシに姿晒してしもて。誰かに話すかもしれへんで」


「大丈夫だお、ポムさまは誰にも言わないもん。それにポムさまだったら、私の全てを晒したってオーケーなんだぞ!」


「陳腐な肉体のくせしてどっからその自信が出てくんねん」


「ふふ~ん、私ね、人を見る目だけは自信あるんだ。あ、でもポムさまはモンスターだった」


「モンスちゃう。ワシはお犬様の中のお犬様、犬オブザマンスリーバリアブル仏チャンネーの称号を持つワンダーゴッド、ポム山様や、覚えとけ!」


「へ、へぇ……。そんなことよりポムさまぁ、ホントはこの聡明で気高いエルフ族のルルルちゃんに、聞きたいことがあるんじゃなくて?」


 ツルペタな胸を張ったルルルは、ふふんとポム山の言葉を待っていた。

 ポム山とて、本来であれば小娘の一人や二人、無視して素通りすることなど容易いことだった。

 しかし相手がとなれば話は別である。


「……景気はええんか?」


「な~に、その回りくどい聞き方。ハッキリ言えばいいでしょ、はどうなってるのって!」


 不服そうに唇を噛みながら、ポム山はオウム返しで聞き返した。

 しかしルルルは話をはぐらかし、てんで答える気はなく、頭の後ろに手を置いたままくるくると円を描いた。


「意地の悪いやっちゃ。もうええ、自分で情報集めるだけや」


「でも無理じゃないかな。だって、今やエルフはとても貴重な存在だもん。街の人たちに聞いたんでしょ、この世界がどうなってるかって」


 充血したおメメをひん剥き全身を震わせたポム山は、「じゃあどないせぇっちゅうねん!」と叫んだ。


「言ったでしょ。怒張の魔王、ダラストを倒してくれたら考えてあげるって」


「怒張? チン◯ンパンパンにテント張った変態魔王なんぞおるんかいな」


 尻尾を後ろから股に挟んでピコピコ動かしたポム山は、悶絶しながら転げ回って爆笑した。


「それでさ、やるの、やらないの?」


 急激に声のトーンを落としたルルルは、真に迫るような雰囲気でポム山に覆い被さり顔を寄せた。


「む、むむぅ、やらへん言うたらどないすんねん」


「一生恨む……、かな」


「なんでワシが。慈善事業してるんとちゃう――」


 そこまで言ったところで、ポム山の頬にポツリと水滴が滴った。

 顔を顰めた珍獣の頭上では、これまで気丈に努めていた、か弱いエルフの涙が浮かんでいた。


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