第5話 イチモツがキュキュキュ


「より簡単に、より適当にクリアできるんやでってとこを彼奴らに見せつけなあかんからな。そんためには、キャッキャウフフでポヨポヨした展開なんぞ挟んでる暇ないねん!」


 強い風が吹いたのを装い女冒険者のスカートをピラっと捲りつつ拳を固めたポム山は、続いてデキる男の雰囲気を漂わせてアゴに手をやり、目を瞑った。


「ま、ワシレベルが本気になれば余裕のよっちゃんやで。魔王倒すだけやしな、プッフー!」


 などと一人余裕をぶっこいていたところ、街の中央付近で歓声が上がった。

 見れば遠く人集りができており、押し寄せた民衆が声高に誰かを讃えているようだった。


「なんやの、みせもんでもあるんかいな?」


 鼻くそをほじりながら人集りに寄れば、どうやら城門の方角から衛兵の行列が近づいているようだった。馬に跨がり、列を成す屈強な戦士たちは、勝鬨を上げながら城門をくぐり、熱狂する民衆たちの歓迎を一身に浴びていた。


「イフレイン様ー、神の、神の御加護をー!」


 先頭で右腕を掲げる男は、民衆を煽り立てるよう拳を固めた。

 直後、湧き上がった人々のボルテージはトランポリンのように跳ね上がり、ポム山は思わず両耳に腕ごと突き刺した。


「やかまし~。なんやねん、あのむさ苦しい鎧着たヒョロ男は」


 最高潮の盛り上がりを見せる広場の喧騒からそそくさと抜け出し、パレードを尻目に眩しすぎるものでも見たように眉をひそめて舌打ちする。


 しかしほんの一瞬顔をしかめていたところで、これまでの歓声がさぁっと引き、悲鳴が辺りを埋め尽くした。姿が見えないことを良いことに、珍獣を蹴り飛ばし逃げ惑う住民たちは、悲壮感にまみれた顔で一目散に散っていく。薄汚れたボールのように蹴られて跳ねたポム山は、人と壁とでもみくちゃにされ、ドタンバタンとバウンドをした挙句、ついには騒ぎの中心である広場の中央に着地した。


「ぐ、グヘァ(血反吐を吐きながら)。な、なんやねん急に、ワシを殺す気か!」


 あれだけごった返していた人混みが消え、突然の静寂が辺りを包む。

 異変に気づいたポム山は、異変を感じた背後へと視線をやった。するとそこには、数秒前に目撃した華々しい光景とは全く別のものが広がっていた。


「……うんにゃ?」


 ポタリとたれた何かが頬を滴った。

 訝しげに見上げた頭上では、陽の光を何か大きなものが遮っていた。


「た、隊長……、イフレイン隊長をお助けしろ!」


 巨大な剣で腹を抉られ、天高く街の英雄は、虚ろな状態で明後日の方向へ視線を漂わせたまま無様に項垂れている。悠々と男の巨体を支えるさらに大きな化け物は、徐に向き直ると、そこに佇んでいる珍獣を見下ろし、眼光鋭い瞳を光らせた。


「へ、へへ、あら? もしかしてチミ、僕のこと見えてはる?」


 唯一無二の英雄をクズ同然に投げ捨てた化け物は、血塗られた剣を高々と掲げた。

 引きつった顔でワナワナ尻もちついたポム山は、恐怖と緊張でチロチロとオシッコを漏らしながら「ヒエエ!」と叫んだ。


「ちょい待ち、待ちて、待ってーな!」


 足を止めない化け物は、血で染まる足裏を鳴らしながら近づいた。

 そして悪魔のような咆哮を上げながら、ギラつく目の奥を怪しく光らせ、悪鬼のように牙を覗かせた。


「キャー!」


 しかしその時、ポム山のすぐ背後で別の悲鳴が響いた。

 ビクッと慌てて振り返れば、そこには逃げ遅れた自身と同じくらいの背丈をした少女が倒れており、腰を抜かし動けなくなっていた。


 グルルと喉を鳴らす化け物は、ポム山ではなく少女へ向けて鋭い視線を送っていた。

 引きつった顔でどうにか現状を理解したポム山は、嫌らしく二へっと薄ら笑いを浮かべてからススッと脇へ逸れ、抜き足差し足逃亡を図った。


「お、お母さん、助けて、恐い……」


 怯えた少女はどうにか声を振り絞るも、目の前で大将の敗北を目撃してしまった部下たちの足取り重い。金縛りにあったように身動きが取れず、逃げようとするポム山以外の全員は、その場所から動けずにいた。


「い、いや、やめて」


 涙を浮かべて懇願する少女の声も届かず、化け物は掲げた剣をガチャリと動かした。

 やられると全員が覚悟し目を閉じたところで、どこからか現れた影が少女の前に飛び出した。


 振り下ろされた剣が地面に突き刺さった。

 嘆きにも似た悲鳴と同時に地面が割れ、凄まじい衝撃が辺りを包んだ。

 しかし誰もがダメだと悟った直後、少女の体は宙を舞い、完全に背を向けて逃げているポム山の目の前に着地した。


 化け物の視線が迫力を増しながらズズズと逸れた。

 まるで自分を威嚇しているような迫力にやられ、珍獣のイチモツはキュキュキュと縮こまった。


「グギョオオォオォ!」


 しかし化け物の放つ咆哮にやられていたのは、ポム山だけではない。

 何より威圧の矛先は、少女を抱えたマントを被る何者かへとむけられていたのだから――


「マズったね、思わず助けちゃったよ。でもこれはちょっとピンチかも」

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