第4話 モモモモモの実



  ◆ ◆ ◆



「……うむ。街やな、どっからどう見ても、ビバ街や」


 毛羽立った全身のところどころに小枝が刺り、それはそれは無様な風体をしたぬいぐるみボディの珍獣は、崖下に広がった堂々たる王都の姿を見下ろしながら呟いた。

 逃げていった人物を発見することなく、先に見つかったのは人の行き交う街の姿だった。


 遠く眼下には崖をくり抜いて作られた城門があり、関所として作られた簡易式の建物の前では人々が列をなし、身分を証明すべく紙上の何かを提示し、ひとりひとり審査を受けているようだった。


「いわゆる入城手形って奴やろか。ベタ中のベタ設定やな。見た目もお約束の中世っぽいお城やし、まんま異世界って感じやわ」


 緊張感なく腹をボリボリ掻きながら鼻くそほじった小指をピッピッと弾いたポム山は、う~むと首を捻ってから、ポンと手のひらを叩いた。そして短い指を天高く掲げ、くるくると八の字に回した。


「本来ならスキルやら魔法やらをベンキョして使うんやろけど、こちとらそんな面倒なことやってられへんねん。最短距離でぶっこ抜いてクリアせな、いつまでたっても帰られへんもんね!」


 指先を回し魔法少女のようにくるりんと一回転したポム山は、インチキ魔法で自分の姿を透明に変えた。そして「ぐへへ」と不敵な含み笑いを浮かべながら、短い羽でパタパタと浮かび上がった。


「ホンマは魔法やスキルには鍛錬とか魔法書とか必要なんやろけど、ワシそんなん腐るほど読んできたし全部最初っから使えるもんね。ずっる~w ザマァ、ヤギジジイwww」


 上司の悪口を呟きながら城壁を飛び越えたポム山は、この世の全てのルールを無視して街へと侵入した。我が物顔で無色透明に擬態した珍獣に気づく者などおらず、人々の営みは何一つ変わらないのであった。



 馬車や人々の行き交う街中は活気を帯びており、そこかしこから賑やかな声が聞こえていた。中でも薄暗い一角を探して着地したポム山は、周囲の目線を気にしながら、額の汗を拭ってプフゥと息を吐いた。


「ひとまず侵入成功やな。さぁて、これからどうしたもんか」


 しかし、ポム山は知っていた。

 異世界への転生というものは、本来なんらかの意図を持って行われる、いわゆる神々の啓示のようなものであることを。

 送られる本人たちが自覚せずとも、そこにはなんらかの意味や目的が存在していた。


 当然理由も様々で、ベタに世界を救う目的であったり、お付きの神に裁きを与えるためであったり、はたまた前世の苦行を加味してスローライフを与えるなどというご褒美パターンも存在する。


 今回ポム山が設定した冒険者のケースも、もともとは魔王の復活阻止が本筋だった。しかしデバッグにて彼自身が課せられる課題がそれに該当するとは限らない。なによりもそういった訓示のようなものは、チュートリアル的な物事の経過とともに、伝え、明かされていくものだからだ。


「しかーし! んな時間を過ごしてる暇はあらしまへん。こんな時は、お決まりのパトゥーンを試してシッミュレートするんが異世界慣れテーラーさんの腕の見せ所っちゅうとこやな。てなわけで、と……」


 小走りで人混みへと駆け込んだポム山は、商店の立ち並ぶ一角に歩を進め、奥様連中を相手にしている果実商の男に狙いを定め、スススと近寄った。


「てなわけで奥さん、コイツを口にすりゃあ、お宅の旦那は今晩もガッツリ精がついちまうって寸法よ」


「ヤッダー、そんなことばかり言って。うーん、でもまぁ、お一ついただこうかしら」


「お、奥さん、お目が高い! 今日は一つサービスしとくよ、またよろしく頼んだよ!」


 ご機嫌に手を振った奥様連中がその場を離れると同時に、果物の影に姿を隠したポム山は、少しだけ声のトーンを落とし、中性的な声色で不敵に話しかけた。


「なぁおっさん、今日のオススメはどれなんだい?」


「今日のオススメかい? それならこのモモモモモの実なんかどうだい、よく熟れててビターな甘さが特徴的だぜ!」


「ならソレを一つもらおうか。それにしても、最近こっちの世界もなかなか大変だと聞いてるが、奴らの動きはどんな様子だい?」


「んなの大変に決まってんだろ。この間も、この先の海道沿いで第六制団の奴らが大暴れしやがって、今も物資が滞って仕方ねぇや。おかげで良い品物も全然入ってこねぇ。商売上がったりだぜ」


「第六制団……ね。それで、奴ら今度は何をしようって腹なんだい?」


「言わずもがな、だ。王都の弱体化を狙うギルガンティスの軍勢が裏で暗躍してるって専らの噂だぜ」


「……ぎ、ギルガンティスぅ?」


「んなことも知らねぇのか。ギルガンティスって言やぁ、二百年前の大戦でマルティンのザグルートを落とした六堕魔王の名さ。つい数日前に復活を果たしたって話が流れててよ、俺ら商人にとっちゃあ、酷な話だぜまったく」


「魔王かいな……。 ワシはスローライフのパトゥーンがええんやけどなぁ」


「ん、何か言ったか?」


「いんや、ほなありがとさん」


「まいどっ! ……て、お客さんどこいった!?」


 そそくさと店の影から逃げ出したポム山は、胸元のポケット(自家製)からポム山ノートを取り出し、魔王と書き込んだ。


「魔王ときたもんか。そんなら十中八九、世界平和系の進行ターンに絞れるな。となると、やることは単純明快。目的となる敵を狩って、世界を守る系のデザインを描いたれっちゅうパトゥトゥーンですわ」


 そんな様子で、ポム山は魔王関連の情報を街で集めていった。姿を隠しては果実を盗み食いし、姿を隠しては美人のスカートを覗き、姿を隠してはガラの悪い男の後頭部を殴って他人に擦りつけながら、必要な情報を書き加えていった。


「うんにゃ(もぐもぐ)、まぁなんとなく情報は集まったな。大まかにまとめると、全ての魔王の復活を阻止、もしくは倒して、裏で暗躍してる何者かを懲らしめやって感じかいな。……お豆さんで」


 スポポーンと出した豆を頬張りながらノートをパタンと閉めたポム山は、「単純単純」と口内の果実と豆を口端からこぼしながらケラケラ笑った。


「となると、少なくとも十匹くらい敵を倒さなあかんてことやろ。……めんどいわぁ、どないしよ」


 本来ならば、長い旅路を巡る中で、同行する胸の大きな仲間とイチャコラしたり、あーんなことや、こーんなことを匂わせながら、ちょいちょいエッちぃイベントを挟みつつ、キスしたり、朝チュンしたりで読者さんを楽しませたいところではあるが、そうもしていられないのが現実である。


 なぜなら、これはデバッグの仕事であり、ポム山にとってはクビのかかった大事なのだから――

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