第6話「家族」
「結果、コルベ伯爵令息は婚約者を差し置いて、婚約者の妹と愛称で呼び合うことがなにを意味するかも気づかない。
女神フローラ様への信仰心が薄く、薔薇の色や本数にどのような花言葉があるかも知らない。
女神フローラ様への感謝と、貴族としての常識に欠ける方だとわかりました」
なるほどディアは、エドワード様のお人柄を見極めるためにあえてあのような行動をとっていたのね。
「そして今日、コルベ伯爵令息は嫌がる女に無理やり迫る変態だと分かりました!
こんな男はお姉様にはふさわしくありません!」
ディアは私のためを思ってあれこれしていてくれたのね。
それなのに私はディアに嫉妬していた……だめな姉だわ。
「わしもあのあとディアに言われてコルベ伯爵家のことを色々と調べさせた。
先代のコルベ伯爵の代で女神フローラ様への信仰心は途絶えたらしい。
コルベ伯爵家は女神様への感謝を忘れておごっている。
そのせいでコルベ伯爵領では春に咲く花の数が減少し、コルベ伯爵領の特産品のはちみつの出荷量が年々減ってきている。
よって我が家がコルベ伯爵家と縁を結ぶ理由もない」
お父様も色々と調べてくださっていたのですね。
「そうだったのですね。
お父様、ディア、ありがとう。
それからディアには謝らなくてはいけないわね。
ごめんなさいディア、私あなたのこと誤解していたわ」
「気にしないでお姉様。
わたしはお姉様さえ幸せならそれでいいのよ!」
「そうだ、家族ではないか。
水臭いぞ」
家族三人で肩を寄せ合い涙ぐんでいたそのとき……。
「待て!
酷いじゃないか!
僕を騙すようなことをして!
君たちには人の心がないのか!」
す巻きにされていたエドワード様がこちらを睨み叫んでいる。
……いえ、もう当家とは関係ない人なのでこれからは『コルベ伯爵令息』とお呼びしましょう。
「確かにディアがコルベ伯爵令息にしたことは褒められたことではない。
しかし我々は貴族だ。
人の話や行動の裏を読むのが仕事だ。
それができないようでは、狸や狐がひしめく貴族社会で生きていけないのだよ」
お父様がコルベ伯爵令息の顔を見据えぴしゃりと言い切った。
「コルベ伯爵令息には婿養子に入ってもらおうと思っていたが、君はその器ではないようだ。
今回のことでそのことがはっきり分かった。
だからシアとコルベ伯爵令息の婚約を解消したんだよ」
「自分の行いを正当化するな!
僕を騙したことに変わりはないじゃないか!
卑怯だぞ! 汚いぞ!」
コルベ伯爵令息がまだ何か喚いている。
「何をいまさら、貴族は卑劣で汚い生き物だ。
そんなことは太陽が東から昇り西に沈むのと同じくらいあたり前のこと。
コルベ伯爵令息、正直で誠実で潔癖な生き方がしたいなら庶民になりなさい」
お父様がコルベ伯爵令息の言葉を論破した。
「それから今回のシアへの強制わいせつ未遂について、当家はコルベ伯爵家に強く抗議させてもらうよ」
お父様がエドワード様をキッと睨む。
「強制わいせつ未遂?!
僕はシアにキスをしようとしただけだ!」
「相手を同意なく抱き寄せ、顎を掴み、キスを迫る行為は強制わいせつ罪に当たります!」
ディアが眉間にしわを寄せエドワード様をギロリと睨む。
「……嫌がるお姉様に本当にキスをしていたら、コルベ伯爵令息の大事なものを切り飛ばしていたところですわ……」
ディアが小声でつぶやいた言葉を私は聞かなかったことにした。
「コルベ伯爵令息を彼の乗ってきた馬車に乗せて屋敷の外に出しなさい!
コルベ伯爵令息が訪ねて来ても、二度とわが家の敷居を跨がせないように!」
「承知いたしました! 旦那様!」
兵士がす巻きにされたコルベ伯爵令息を担ぎ上げ、ガゼボから連れ出した。
「シアがコルベ伯爵令息のような破廉恥な男と結婚しなかったことはめでたいが、シアの花婿を一から探さなくていけなくなった。
良い相手が残っていればよいのだが」
「お父様、それならいっそ養子を取りましょう!
お姉様もわたしもお嫁に行きませんわ! わたしはお姉様と一緒に義弟を育てますわ!」
「姉思いなのはよいが、流石にシスコンがすぎるぞディア」
お父様が苦笑いを浮かべる。
「わたしは名案だと思ったのに!
ねぇ、お姉様もそう思うでしょう?」
私はディアとお父様の会話になんと答えていいかわからず、愛想笑いを浮かべて返事をごまかした。
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