うどん県

 ひどく腹が減っていたので電車を降りる。もう昼と夕方の間の時間くらいだ。曇っているので時間のわりにやけに暗いが、比較的涼しいのは嬉しい。


 たまたま目に入った駅前のうどん屋に入る。ぶっかけうどんを頼むと、すぐに出てきた。一口啜って、あまりのみずみずしさに驚く。うどんが有名な県だとは聞いていたが、こんなにも違うものなのかと思った。これまで食べたうどんの中で、ダントツで一番うまかった。


 店を出るが、行くあてはない。歩いているとリサイクルショップがあったので何となく入ってみる。いつものクセでギターコーナーに来てしまった。高そうなのに何でこんな安いんだろうと思うものと、安そうなのに何でこんな高いんだろうと思うものしか置いてなかった。目利きの才能が店にないのか、僕にないのか。


 僕は高校一年生の時にエレキギターを買い、密かに弾き続けていた。誰にも聴かせたことはない。いつもヘッドフォンをして弾いていたので、母親が部屋に入ってきたのに気づかず、暫くノリノリで弾き続けてしまったことはある。そのあと何週間も恥ずかしくて母親と目を合わせられなかった。




 リサイクルショップを出ると空はもう真っ赤な夕日に照らされていた。どんよりとした曇り空はどこかに飛ばされていったらしい。さっきうどんを食べたばかりなのにもう腹が減ってきた。またうどんが食べたいと思い、駅前の道を歩いていると、遠くから不協和音のギター音と、叫び声が聞こえてきた。近づいてみると、男がギターをかき鳴らし、歌っていた。同じ年くらいだろうか? 少し小柄だが、シュっとしていてスタイルがいい。色白で鼻が高く、身なりも清潔なはずなのに、なぜか不気味な雰囲気が漂っている。現に人々は皆その場を避けて歩いている。


 端正な顔を歪ませ、激しく歌っている。声は悪くないのだが、なんせ叫んでばかりなので、歌なのか何なのかよく分からなくなってしまっている。ギターを激しくかき鳴らしているが、ずっと同じコード(たぶんEm7)だし、チューニングが合っていないのか呪術的な響きで、ずっと聴いていると何だか頭がぼんやりとしてしまい、気付いたら長い時間立ち止まって演奏を聴いていた。




 曲が終わると、彼から話しかけてきた。


「何の曲か分かります?」


「いや……分かんないです」


「俺の曲。ここら辺の人?」


「いや、東京の大学生です」


「俺も東京に最近までいたよ。一緒に住んでた彼女と色々あって、仕事も辞めて、ギターだけ持って旅してる。君は?」


「旅行中……というか、とっさに電車に乗ってきちゃったというか」


「ふーん。変わってるね」


 僕は苦笑いした。そっちも十分変わってる。


「いくつ?」と彼は聞いてきた。


「二十です」


「俺二十一。タメ口でいいよ。それにしても、もう二時間もやってるから指痛くてさ。それに喉渇いちゃって。あと一曲で止めようと思うんだけど、いい?」


「あ、はい」




 そのあと、先ほどまでの曲との違いがあまり分からない曲を全力で歌い上げ、満足そうにギターをケースにしまった後、彼は言った。


「なんだか腹も減ってきたな、君はどう?」


 空腹はなぜかどこかへいってしまっていた。しかし、僕は彼に少し興味を持ち始めていたためか、「うん、減ったかも」と答えていた。


 彼は嬉しそうに近くにあったチェーン店の居酒屋を指さし、二人でそこに向かった。

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