「いくつ?」

「いくつ?」と彼女は僕に聞いてきた。


「二十」


「わたしと同い年か。今は夏休みなの?」


「そうだよ」


「夏休みかぁ、わたしも大学生になりたいな。今からでもなれるかな?」


「どうしてなりたいの?」


「だって夏休みがあるんだよ? 人生に夏休み程素敵なことってないと思うな」


「そういうもんかな」


「そういうもんだよ。まぁわたしの分までキャンパスライフ楽しんでおいてよ。お兄さんイケメンなんだからさ」


「イケメンなんかじゃないよ」僕は顔が熱くなり、それを紛らわすためにビールを一口飲んだ。


「あ、そんなに褒めてきて、また店に連れてかれるかもって警戒したでしょ? 大丈夫、そんなことしないよ。だってお兄さんお金なさそうだし」そう言って彼女は笑った。


「確かに。でもやることもないから、こうやって公園で一人寂しくビール飲んでる」


「元気出して、今こうやって一緒に飲んであげてるんだから。しかもタダで」そう言って彼女はハイボールの缶を飲み干した。


「わたし、このあと出勤なんだ。勢いづけるためにこうやって一人で飲んでたの。そういえば、今夜泊まるところは決まってるの?」


「まだ決まってないよ」


「ふーん……ちょっとついてきて」


「え?」


「え、じゃなくて」


 そういうと彼女はバッグを手に取って立ち上がり、空き缶をゴミ箱に投げ捨て、歩き出した。僕はそれを見て慌てて手に持っていた缶ビールを飲み干し、ゴミ箱に捨てて彼女を追いかけた。


 公園を出て、繁華街の方に二人で歩いていく。街の喧騒がうるさくなってきた。


「ねぇ、どこに行くの?」


「お店じゃないから安心して」




 目的地へはすぐに到着した。そこは繁華街の裏通りにある、古びた宿だった。


「ここだと安く泊まれるし、ちょっとした温泉にも入れるよ。今晩はここ泊まっていきなよ」と彼女は言った。


「え……本当にお店じゃなかった」


「ひっどい、お兄さんと違ってわたし嘘つきじゃないよ」そう言って彼女は笑った。僕もつられて笑ってしまった。


「いつまでこの街にいるの?」と彼女は聞いてきた。


「決めてないよ」僕はそう答えた後、少し黙ってから言った。


「ねぇ、もしよかったらライン交換しようよ」


 一瞬彼女はポカンとした後、吹き出すように笑い出した。


「ごめん、笑っちゃって。いいよ、もちろんいいよ」


 僕はスマホを取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。「あっ!」僕は無意識に大きな声が出てしまった。


「どうしたの?」と彼女は驚いて聞く。


「スマホ……旅行に持ってきてないんだった」


 僕がそう言うと、彼女は腹を抱えて笑い出した。笑いはしばらく収まらなかった。




「ほんと面白いね」そう言ってバッグからメモ用紙とペンを取り出し、ラインIDを書いて僕に渡した。


「じゃあ、わたし、そろそろ行かなきゃだから。じゃあね、面白いお兄さん」


「嬉しいよ、ありがとう。宿もほんと助かった」


「どういたしまして」そう言うと彼女は繁華街の方へと歩き出した。角を曲がるとき、振り向いて大きな声で「またね」と言った。僕もまたね、と小さく返した。




 受付の高齢の女性店員に前払いで料金を支払ったあと、すぐに温泉に入った。


 ベッドに入ると、久々に穏やかな気持ちになった。そして、先程まで一緒にいた彼女のことを考えた。いつかまた会えるのだろうか。少なくともこの旅が終わるまで、僕にはスマホがない。そしてこの旅がいつ終わるのか僕には分からない。


 このままじゃいけない、何かしなくては、という気持ちは変わっていない。しかし何をしたらいいか分からないことも、変わらないままだった。




 翌朝、コンビニで同じ大学の読者モデルが掲載された雑誌を見つけた。手に取ってしばらく見ていたが、結局買わずに店を出た。




 何をしたらいいかは分からないが、何かをしている実感はあった。それに意味があるのかは分からない。夏休みなんだ、別にどっちだっていいじゃないか。


 僕は次の街に行くため、青春十八きっぷを持って駅へと歩き出した。

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