居酒屋

「ごめん俺、嘘ついてた」


 前髪を両手でゆっくりとかき上げながら彼はそう言った。ハイボールを四、五杯飲んだせいか、目元が赤くなっていた。


「実はさっきの曲、俺の曲じゃないんだ」


「……へぇ」僕は枝豆を食べながら答えた。




 居酒屋に入ってからしばらくは、お互いの好きな音楽や、普段の生活についての話をしていた。彼はパンクロックが好きで、ミュージシャンの夢を持ちながらも東京でウォーターサーバーの販売員をしていたとのことだった。最初は、今回の旅の原因となった同棲していた彼女とのトラブルについては話せないと言っていたが、酔いが回ってくると彼女の束縛が原因であることを告白した。そしてしばらく沈黙が続いた後に、先ほどの言葉が出てきた。無名のインディーズバンドの未発表曲を自分なりにアレンジして、自分の曲だと言い張って演奏しているとのことだった。


 告白が一通り済んでしまうと随分とすっきりしたようで、上機嫌に喋り、酒や食べ物を頼み続けた。僕もギターを弾いていることや、つまらない大学生活について、彼にはなぜだが自然と話せた。




 随分時間も経ち、かなりの量お互い飲んでいた。テーブルには食べかけの料理がまだ少し残っていた。


「いつもこんな飲むの?」僕は聞いた。


「んー、今日は特に飲んだかな」彼は眠そうに答えた。目をつぶると睫毛の長さが際立った。演奏してる時は気が付かなかったが、よく見ると結構モテそうな雰囲気をしてるなと思った。




 それから暫くしたらラストオーダーの時間となり、店から出されてしまった。彼は自分が奢るといって聞かなかったが、財布に二千円しかなかったので、千円だけもらって残りは僕が出した。




「よし、寝るか」駅前のベンチに腰を掛け、彼は言った。


「え、どこで」


「ん? どこだろ」






 近くを通る人々の気配で目が覚めた。朝日がまぶしい。結局、二人ともそれぞれベンチで横になって寝てしまっていたようだ。


 今日は晴天の青空。暑い。かなり汗をかいていて気持ちが悪い。




「このあとの予定は?」起きて暫くぼんやりとしてから、彼が先に口を開いた。


「ないよ」


「……だよなぁ」




 僕はさすがに服を着替えたくなり、適当な服屋に入って服を買った。彼は途中コンビニで金を下ろし、同じ服屋に入ってきた。




「よし、海に行こう。海でナンパしよう。もう彼女のことは忘れることにした」彼は言った。


「え……ナンパ?」


「うん。ナンパ」


「したことあるの?」


「ないよ」彼はきっぱりと言い切った。


「……シャワー浴びたい」


「海に入っちゃえば同じだよ」


「あ、そっか」




 僕らは海パンとサングラスを買い、昨日のうどん屋に行き、ぶっかけうどんを食べた。彼もあまりのうまさに感動していたようだ。どうやらここにきてから飲み屋でしか食事をしていなかったとのことだった。




 僕らはうどん屋を出た瞬間にサングラスをかけ、暑い暑い言いながらもどこか上機嫌に、フェリー乗り場へと向かった。

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