第5話 誰か
委員長が手を挙げた。
彼の机にはノートがあり、空欄が目立つ。
「風上って人、誰か知ってる?」
どうやら、人を探しているらしい。
彼の言葉に、私たちは困惑を示す。
真面目な彼が、寝ぼけたことを言うなんて思っても見なかったのだ。みんなの反応も、無理ないと思う。私は木箱を押さえ込み、戸惑っているのを誤魔化した。
「その、風上さんって人は、この学年にはいないよ」
控えめに、図書委員が言った。
「仲のいい後輩に、顔の広い子がいるけど、そんな名前聞いたこともないなあ」
眉間に皺を寄せる、美化委員。
「休んでるとか?」
「今度、先輩に聞いてあげよっか?」
「なになに、恋愛?」
「ちょっとやめなよー」
保健委員、体育委員、放送委員、給食委員が続く。
「はい、皆さんお静かに」
先生が二度手を叩く。生徒たちは、直ぐに2回お辞儀する。騒ぎは収まり、教室の明かりは完全に消えた。
「…なあ、委員長はどうして、風上って人を探してるんだ?」
よくやった体育委員。帰路が同じ生徒たちは、体育委員にグーサインを送った。
委員長は人気者で、学校のアイドルのような存在だが、色恋沙汰になったことは一度もないらしい。そんな彼が、人を探している。しかも、同い年の女の子らしき人物。周りが注目しない、わけがない。
委員長は、みんなの視線に、なんとも言い難いような笑顔を浮かべる。木箱もカタカタと揺れており、相当焦っているようだ。
「うーん。…どう、言えばいいのか分からないんだけど、風上っていう人は、弟たちの友達みたいなんだよ」
「え、風上って人は、老人なの?」
「老人って、この学校にいるんだー」
「いいや。俺たちと同じくらいの歳だって」
霧がかった空を白風が突き刺し、木箱が回る。
急に明るくなった視界に、みんな顔を顰め、腰に巻いていた布を羽織る。
数秒経たず、青い空にポッカリと穴が空いたような、まんまるの太陽が現れた。
ガタガタガタガタッ
木箱とは違う音がして、みんなは一斉に振り返る。
何もいない。生徒たちに気づいた人は、誰もいないようだ。
彼らは胸を撫で下ろし、「風上」の話に戻る。
「ダ…れ、カ……」
鈴が鳴った気がして、足元に不快な感触がした。私はそれを振り払い、少し離れてしまった皆に追いつく。
日は赤く、空を駆け下りながら膨張している。グウンと伸びたかげぼうしが、背後のダレカに降りかかる。
「実行委員、遅いよ〜」
「ごめん、転んでた」
「また〜?」
給食委員に手を引かれ、私は輪の中に入る。皆は今日も、風上さんの話をしている。
鳥居草子 かんたけ @boukennsagashi
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