三話 旅立ち

 残された三日間の内、二日間が過ぎた。

 そして、私は、死ぬことではなく生きる事を願っていた。

 私が知る世界が狭すぎただけだった。

 私の知らない世界は、広くて、面白くて、優しい物だった。

 父に殴られる事も無ければ、勉強道具しかない部屋に監禁される事もない。

 自由に好きな事をして、好きな食べ物、飲み物を飲んで、好きな時にトイレへ行ける。

 本当に、私の知る世界が狭すぎたのだ。

 この世界の中の私は、とてもとても小さいのだろう。

 一昨日ではなく、ずっと前から母がいてくれれば、こんなことにも、すぐに気づけたのだろうか。

 父に殴られず、監禁もされなければ、すぐに気づけたのだろうか。

 いや、違う。

 すぐに気づかなかったのは、私がこの世界から目を背けていたからだ。

 私は今まで、何をしていたのだろうか。

 家庭教師と強制的に、ひたすらに勉強し、自室に監禁されたあの時間は何だったのだろうか。

 私には分からない。誰にも分からない。

 いや、違う。

 答えは父が知っている。

 私にビジネスを継がせるなら、もっとより徹底的に、そしてより効率化するだろう。


「今日は、どこに行きたい?最後の日だし、遊園地とか行ってみる?」

「いや、私は父とあって話がしたいです」


 私がそう言うと、母は驚いた表情を見せた。


「本当に?別に良いけど。でも、私が面白くないから、遊園地に行こう?」

「じゃあ、遊園地に行った後に父に会うという事でいきましょう」


 とは言った物の、遊園地がどのような場所なのかが、いまいち想像できない。

 ファミリーレストランのように頻繁にCMがやっているのも見たことがないし、学校での周りの会話を聞いていても、あまり遊園地という単語は聞こえてこない。

 だがそう思っている内に、遊園地についていた。

 私に遊園地に対する第一印象はこうだった。

 楽しそう。そして賑やか。

 この二つだった。

 家族連れ、若いカップル、孫と祖父。

 ファミリーレストラン同様、様々な人達が笑顔や、楽しそうにしゃべりながら、私の横を通り過ぎていく。


「お待たせー。入場券と乗り物乗り放題のチケットとってきたよー」

「あ、ありがとうございます」


 私が気づかないうちに母が入場券とチケットを取ってきてくれた。

 そして、母に手を引かれて、入場ゲートをくぐった。


「最初は何に乗りたい?やっぱり、ジェットコースター?」

「私はどれでもいいですよ」

「じゃあ、ジェットコースターに乗ろうか」


 そういって、ジェットコースターの待ち列に並ぶ。


「そういえば、聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

「何?どうかした?ジェットコースターが怖い?」

「いえ、そうじゃなくて、私が死ぬときってどんな風に死ぬんですか?」


 思っていた事を正直に聞いた。


「知りたい?」

「はい」

「普通に安楽死。痛みはないし、外傷もない。老衰で死ぬのと、あまり変わらないかな」

「そうなんですか」

「そうだよ?」


 私が思っていた答えとは全くの逆だった。

 体から血が吹きだして死ぬ。

 こんな感じのグロテスクな死に方だと思っていた。


「あ、順番が来たよ。」


 時間が過ぎるのは本当に一瞬だということを、死ぬ前に改めて思いしらされた。


 四時間後


「楽しかったねー!ていうか、君、叫びすぎでしょ」

「仕方ないですよ。怖かったんです」

「まあ、それは置いといて、本当に行くんだね?お父さんの所に」

「はい。行きます。父の前で死にます」

「分かった。行こう」


 そういって、母は私に手を差し出した。

 私は迷わずに手をつないだ。

 顔もしっかりとは覚えていない、微かな記憶の中にある母。

 物心が付いてからは、会っていなかった母。

 だが、今、こうして手をつないでいる。

 この母が本当の母では無かったとしても、私はこの母、いや、死神を忘れはしない。

 この三日間、私に生きたいと思わせてくれてありがとう。

 そうしているうちに、父の会社ビルにたどり着いた。


「島原富岳の娘と妻です。社長室に案内してください」

「え?娘様ですか?申し訳ありませんが、社長室には如何なる親戚であっても、基本的には通すな。と言われておりまして」


 スタッフはそういった。

 だが、別のスタッフはこういった。


「案内します。こちらです」

「ありがとうございます」


 そうして案内されたのは、父に散々殴られた見覚えのある部屋だった。


「なんだ。私は忙しい。帰れ」

「父さん」


 私は静かな声で呼びかけた。


「凛か。帰れ」

「私は今、あなたの前で死にます」

「は?何をばかげた事を言っている。ふざけた事を言うな」

「私は本気です。死ぬ前に感謝を伝えるためにここに来ました」

「感謝だと?ふざけるな!私が何時、お前に感謝されるような事をした!」

「育ててくれてありがとう。ちゃんとした記憶はないけれど、それでも、あなたが私の父親であることには変わりありません」

「は?そこにいるのはお前なのか?幸」

「私は死神です。幸などという名前はありません」


 母がそういった瞬間、私はここに来るときと同じ事を思いながら、

   

          ありがとう。さようなら。体に気を付けて。

          

 死神さん、三日間ありがとう。

         

 私に生きたいと思わせてくれてありがとう。

          

 これで、永遠にさよなら。


 死んだ。






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死神と私 登魚鮭介 @doralogan

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