二話 願い
「何がしたい?何が食べたい?何でも言っていいんだよ?お金ならあるからね」
私は微かな記憶の中にある母によく似た死神と手を繋ぎ歩いていた。
後生きられるのは三日間。
その事実だけが、私の頭の中で渦巻いていた。
「何でもいいです」
「えー?じゃあ、高級レストランでも行ってみる?」
「え?」
脳裏に父親に殴られる姿がフラッシュバックする。
同時に凄まじい吐き気が私を襲った。
それは思い出したくない記憶の一つ。
「え!?大丈夫!?」
私はそのまま嘔吐した。
胃酸だけだったが、鼻に酸っぱい臭いがこびりついた。
「普通のファミレスにする?」
「はい。お願いします」
そういって連れていかれたのは、テレビCMでもよく見る、人気チェーン店だった。
「いらっしゃいませー。名前を書いてお待ちくださーい」
中は案外混んでいる。
私の知る外食は父の会食に一緒に連れていかれた、高級フレンチしか知らない。
故に、学生や、家族、老夫婦などが、賑やかに食事をしているのを見るのは初めてだった。
だが、唯一知っている外食の味など覚えていない。
覚えているのは、会食が終わってから、父に殴られたことしか覚えていない。
「どうしたの?まだ気分が落ち着かない?」
「い、いえ。大丈夫です。心配かけてすみません」
「なら良いんだけどさ」
待つこと十分ほど。
「二名でお待ちの島原様ー、島原様ー。どうぞー」
「あ、はーい!」
そうして席に通された。
私が驚いたのは、メニュー表の多さ、そして何より、
テーブルに注文用のタブレットがあることだった。
「え?」
「どうかした?」
「タブレットで注文するんですね」
「知らなかったかい?」
「はい」
母は音を立てて立てて笑った。
そして私は、私の世界があまりにも狭かったことに驚いていた。
そして10分ほどで注文した料理が届いた。
だが、母の料理が注文したはずの品と異なっていた。
「あれ?私、こんなの頼んだっけ?」
「多分頼んでなかったかと」
「だよね?間違えたのかな?」
と言いながら、店員を呼び、注文した品と違うことを伝える。
そして謝罪された時、笑いながら
「大丈夫ですよ」
と答える。
これもファミリーレストランのクオリティということなのか。
私は母と出会ってから、驚かされ続けている。
最初は、後生きられるのは三日間。
次に、卓上の注文用タブレット。
そして今、私が知る世界より、遥かに世界は面白いという事に驚かされている。
1時間後
「いやー、中々美味しかったね。私が知る限り、1番値段の安いチェーン店だけどね」
「そうなんですか?」
「うん。私が知る限りだけどね。ここ大事よ?で、次はどこに行きたい?歌ってみるかい?」
「歌う?私、歌える曲なんて無いです」
「まあ、いけるでしょ」
と言い、次に連れていかれたのはカラオケだった。
「フリータイムでいいよね?」
「多分大丈夫です」
「あ、じゃあそういう事で」
「分かりましたー。お部屋は11番になりますー」
「ありがとうございますー」
部屋に入ると、前には大き目のモニター、スピーカーが有り、後ろにはエアコンのリモコン、電気のスイッチがある。
そしてソファと大きいテーブル。
もはや私が想像する、一般的な一軒家のリビングと変わらない。
「凛?」
「はい?」
「さーいしょーはグー!じゃーんけんほーい!」
「え?」
唐突に始められ、唐突に終わり、そして負けた。
私が知る限り、過去一番の屈辱である。
「勝ったから、先行いただき!」
何のためのじゃんけんかと思えば、歌う順番を決めるじゃんけんだった。
でも、私が歌う必要はない。
何故なら、私に歌える曲がないからだ。
歌うという事も昔に辞めた。
というよりかは、もともと歌わなかった。
「最初は何歌えば良いんだ?やっぱりこれか?いや、これだー!」
モニターに映し出されたタイトルは、誰もが知る名曲だった。
歌い終わると、母は息を切らしていた。
「この曲、キー高くない?」
「キーは分からないですけど、取り敢えず、難しいという事は分かりました」
「はい。次、凛の番だよ?早く曲入れな?」
「え?私が歌える曲なんて、ないですよ」
「じゃあ、これだー!」
モニターに映し出された曲は、童謡だった。
「これなら歌えるでしょ!」
「歌えますけど、下手ですよ?」
「童謡に下手もクソもあるか!堂々と歌えば良いんだよ!」
そう言って、音を立てながら母は笑った。
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