死神と私

登魚鮭介

一話 出会い。

 死にたい。私は何度もそう願っていた。

 電車に引かれようとしても、事故と見せかけて、転落死しようとしても、神は私が死ぬことを許さなかった。

 全部失敗した。

 過去十数年を思い返しても、良いことなんて一つも無かった。

 大企業の社長の娘として、この世に生を受けた。

 娘。大企業の社長である、父には娘など必要無かった。

 男なら、自分の後を継がせる事が出来る。

 女に継がせるなどあってはならない。

 父は母に対し、いつもこう言った。


「なぜ女なんて生んだんだ!私は女など要らない!性別が分かった時に、おろせといっただろう!何故生んだ!」


 そして、こう言いながら、母を毎日のように殴った。

 物心が付いた時には母はもうこの世にはいなかった。

 物心が付いてからは、全てに対し完璧を求められた。

 毎日小さい頃から、家に家庭教師が来て、私に勉学を叩きこむ。

 それが終われば、食事の際のマナーなどを、父の横で叩きこまれる。

 出来なければ本気で殴られる。

 既に私は悟っていたのかもしれない。

 毎日毎日同じ事の繰り返し。

 やがて小学校に入学するする時期になっても、父は


「小学校など必要ない。今まで通り家庭教師で充分だ」


 そう言われたとき、私は初めて父に対して反抗した。


「でも!私は小学校行きたい!ねぇ!なんでダメなの!ねぇ!なんで!」

「うるさい!黙れ!」


 初めての反抗は無残にも弾き飛ばされた。

 本気で殴られるのは慣れていたが、その時はより一層強い力で殴られた。


「父親の言う事を聞くのが娘の仕事だろう!」


 私は泣きながらその場を走りさろうとしたが、父からは到底逃げられる訳もなく、その後約六年半。


 私は自室に監禁された。


 食事はドアに開けられた隙間から入れられ、1日3回のみ、部屋から出る事が許可され、その時にトイレなどは済ませなければならない。

 部屋の中では毎日家庭教師から送られてくる課題をこなすだけ。

 娯楽は一切ない。

 本も人形もおもちゃも何ひとつない。

 あるのは勉強机と課題と勉強道具だけ。

 小学校の卒業式の日に、監禁は解除された。

 私はこの頃から、いや、監禁が始まった日から、


 死にたいと願うようになったのかもしれない。


 もう嫌だ。

 中学からは、登校が許可されたが、完璧を求められる事は変わらなかった。

 テストで100点、成績表はオール5を取らなければ、監禁され、食事すら与えられない。

 ただトイレだけは、監視している者が何の為かは分からないが、行かせてくれた。

 私をトイレに行く事を許可している事がバレれば、クビは確定だろう。

 なのになぜ。聞こうとは思わなかった。

 その優しさに少しでも触れていたかった。

 でも、そんなに現実は甘くない事を思い知る。

 監視の者は変わった。

 それでも涙ひとつも流さない。

 溢れてくるのはただの虚無感と慣れた。という感情。

 毎日こんな事を考えながら高校に行き、家と言う名の仮面を被った虚無に帰るだけ。

 他のみんなが楽しそうに昼休みに昼食を食べる。

 でも、私はいつも一人。

 一人が楽だから?違う。繋がりを求めない?違う。

 みんな、私を嫌っているから。

 と考えれば気が楽だ。

 余計な事を考えなくて済む。

 毎日帰る時に同じことを考える。

 私が何故こんな性格になってしまったのかは分からない。

 少なくとも私は悪くない。

 何で?いつも疑問が溢れてくる。

 一人は怖くない。寂しくない。思い込むことで自分を守っていた。

 でも、それは守っていたんじゃない。

 逃げていただけだ。

 死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。

 急に声がした。


「ねぇ、聞いてもいいかな?」


 私が顔を上げるとそこには女の人が立っていた。


「何ですか?」

「そんなに死にたいの?」

「え?」

「死にたいんだったら教えてあげる。君が生きていられる時間は後丁度三日間」

「なんで、そんな事が言えるんですか?」

「私は死神さ。死が近い人の前に現れて、後生きられる時間を教えてあげるだけの存在。でもね、今回はちょっと違う」


 私な戸惑っていた。

 こんな非現実的な事を言う人が実際に居るとは思っていなかった。


「私といい事しよっか」


 唐突にそう言われた。


「え?」

「今日入れないで後三日。何したい?何でもいいよ?金ならある」


 いい事?そんなものは過去に要らないものとして捨ててきた。


 私はただ死ねればそれでいいのに。

 なぜ、そんな事を言うのか。


「大丈夫です。要件は以上ですか?帰りますね」

「ならいいや。またね!」


 そう言われて私はまた家に向かって歩き出した。


「知ってるんだよー?君が本当に思っている事ー」


 後ろを振り返る。

 顔をしっかり見てみると、微かな記憶の中の、遺影の母の顔に似ているかもしれない。

 ちゃんと話した事のない母。

 私を生んで、物心がつく前に旅立っていった母の顔。

 ちゃんと知らない母の顔。

 今、生きているならあんな顔なのだろうか。


「三日間だけでいいです!私の母がわりになってください!お願いします!」

「やっと本当の事を言ってくれたね。凛」

「何で私の名前を知ってるんですか?」

「死神だからねー。大半の事は分かるさ」


 そう言って死神。いや、母は私に右手を差し出した。


「手、繋がないの?」

「え?だから手だよ。手!分かる?繋ぐの!」


 手を繋ぐなどという文化は私の中には存在していない。


「こ、こうですか?」

「そう!出来てる!親子なら、普通だから!恥ずかしい事じゃない」


 初めて握った人の手はとても暖かかった。

 自分の手の温度しか知らない。

 初めて握った他人の手。

 私は初めて人のリスクのない暖かさに触れたのかもしれない。

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