6. 逃

 ぎいぃ……。耳障りな音が、私の鼓膜を震わせる。

 閉じゆく扉から手を離すと、すぐ横にスイッチがあるのを見つけた。

 明かりでなかったとしても、せいぜい換気扇だろう。危なくはなさそうなので、迷わず押す。

 ぱちん。なぜかよく反響する。……時差はあったものの、薄明るく蛍光灯がついた。

「何かあるかなぁ」

 部屋を見渡す。机、資料が詰まった棚、ダンボールがいくつか、シンクにはポット。

 少し前まで人がここにいた、という雰囲気があった。観葉植物が枯れていないし。どことなく、落ち着いた気分になれる。深呼吸すると、本当にその通りになった。

 はあ。なんで私、こんなに落ち着いてなんかいるんだろう。閉館放送を聞いちゃって、誰かに引きずられて、変なとこに来ちゃって。

 普通ならもっと混乱してるだろうに。そういう感情を、ここで独りになってから欠いている気がする。

 チチチ……。蛍光灯の明かりが、心もとなく、時折弱くなる。もう寿命なのだろうか。

 早めにここを出なきゃな。いつ消えるかわからないもの。

 私は急いで、室内を物色することにした。まずシンク。紅茶缶は、空っぽ。てか捨てとけよ。ポット内部も、しっかりカラカラ。

 観葉植物は……造り物。飾り棚すれすれの高さ。

 資料のファイルはとても重たかった。図書館運営がどうのこうの。コウモリがいるからどうのこうの。……いるの?

 机の上には、くすんだ赤の分厚い本と、カラフルな小さなマッチ箱。一応、マッチは使えそうだしお借りしよっと。

 置いてあった本は、この閉架書庫に所蔵されているもののようだ。難しい文体で細かい字。目がチカチカする。ダンボール内も、似たような本ばかりである。

 嘘でしょ、他には何もないの……? どうしよう。そう思った途端。

「あ」

 ぽろん、とマッチ箱が手元から滑った。小さな極彩色が、グレーの床に跳ねる。しゃがみ込んで、それを拾おうとすると――机の下に、ランタンがあった。分厚く埃にまみれていて、いかにも古そうだ。

「使える、かな?」

 しゅっ。マッチを擦って、火をそっと灯す。

 少し心もとないけれど。まあ、ないよりはいいかな。

 すると。

 パチ、チ……チチチ…………。

「うわ」

 蛍光灯が消えた。橙のぼわ、とした光が手元で際立つ。

 そして蛍光灯が消えたのを合図にしたかのように、バサバサと音が溢れる。――まさか、コウモリがいるの? さっきの資料で見た通りだ。しかも、何匹もいるみたい。私は変に冷静だった。

「早く出なきゃ……」

 ランタンを掲げ、扉を開けようとする。が、開かなかった。鍵を閉められたとしか……思えない……。

 嘘でしょ。体の芯が、凍っていく。

 どうしよう。

 きょろきょろしていると、ふと、観葉植物のあたりから、ひゅう、と風を感じた。

 何だろう、と屈んでランタンで見てみる。コウモリと比べたら風なんて、これっぽっちも怖くなかった。

 ……なるほど、通気口があるようだ。人一人はなんとか通れそう。蓋は、ついていない。

 そうこう調べているうちにも、バサバサという音は増していく。一体どこに潜んでいたのだろう、こんな数のコウモリ。

 うう。

 怖いけれど、私はしゃがみ込み、通気口に入ろうと頭を突っ込んだ。

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