2. 憶

 まだ私が、この小さな図書館にすら一人では来られないぐらい、幼かった頃。

 私はひとりがけソファにすっぽり収まりながら、絵本をぱらぱら読んでいた。

『〜♪』

(あ、もうかえるじかんだ。おかあさん、どこだろ)

 そうやって顔を上げると――さっきまで閲覧席に座っていた老人の姿がないことに気がつく。

(あのおじいさん、いつかえったっけ? まぁいいや、おかあさんさがそう)

 しかし、いくら付近を歩いてもお母さんの姿は見つからない。

(へんなの……いつもなら、ここらへんにはいるのに。それに)

 他の人たちの姿も、ない。文庫本が詰まった書架のあたりも。新聞紙が置いてある部屋も。レファレンスカウンターも。

(なんでだれもいないの……!? ししょさんもいない! なんで! おかあさんどこなの……)

 泣く寸前の私は、それでも図書館内をぐるぐる回り続けていた。

 すると、館内放送がフッと消えた――ザザ、というノイズを残して。途端に響き渡る自分の足音が、より一層恐怖心を煽った。

(はやくでなきゃ……! かえれなくなっちゃう……!)

 私は館内を巡るのをやめ、出入口へと駆けることにした。窓から差し込んでいた夕日が段々と鮮やかさを失っていく。それを視界に入れるのが怖くて、目をそらしたまま走っていると、何かにぶつかった。

 すると――。

「んもう、ノドカ! 走っちゃダメって言ってるでしょう? ぶつかったのがお母さんでよかったわねぇ、どこ行ってたの? 帰りましょう」

「……?」

 人が、いる。目の前にはお母さん。視界の端っこには、近くにいた老人がゆっくり歩くのが見える。

 音も、聞こえる。話し声も、バーコードを読み取るピッという音(ということは司書もいるのだ)も、『愛の挨拶』も。

 私がぶつかったのはお母さんで――もちろん、お母さんがいなくなる前と何も様子は変わってなくて――諌められながらも、優しく手を引かれる。

(なんだったんだろ、あれ。だれも、いなかった)

 図書館の外に出ると、ほんのり花が香る、温かい風が吹いていた。しばらく歩いていると、ふいに風に髪が揺蕩い、視界を邪魔してきた。

 そうなってやっと私は、二つに結いていた髪飾りの片方が、どこかにいってしまっていることに気がついたのだった。

 お母さんにそのことを告げる。

「ええ? ノドカってば、リボンなくしたの!? 嘘でしょう、おじいちゃんがくれたっていうのに……仕方がないわ、明日、レファレンスで聞いてみましょう」

 お母さんはちょっと悲しそうにしながら、道の途中だというのに、私の髪を一つに結い直してくれた。

 それでも結局、レファレンスで聞いてみても、あのリボンは見つからなかった。

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