中編 3

 屍神エシュは、目の前の化け物と戦い始めていた時からずっと疑問に持っていたことがあった。

 この死骸と化した竜は、なぜ動力の核となるものがなく動けるのだろうかと。

 だが、先ほどの言葉を聞いた瞬間、ある仮説が思い浮かんだ。


(ないわけではない……のだろう。魔核、依り代、呪物、魂魄……これらはあくまで「代表的なもの」に過ぎない。俺は、前例にとらわれ過ぎていた、ということか)


 三つ首の竜は明らかに何らかの意思を持って動いている。

 であれば、その「意志」の出所を掴み、砕く必要がある。

 そのヒントが、先ほど頭に響いた「三つの首を同時に落とす」というものなのだろう。


「簡単に言ってくれるけどよ! 俺たちでさえ、首一本ずつ折るので手一杯なんだっての!!」


 悪態を付きながら青の首を蹴りつける桐夜。

 彼は渾身の一撃を込めたものの、やはり一撃だけでは首は破壊できない。

 耐久力的には、首の一本一本が高層ビルに匹敵する。


 もちろん、その間にも敵の攻撃は止まない。

 首だけでなく、胴体や尻尾も、周りをウロチョロする人間たちを叩き潰さんと、積極的に攻撃してくる。


「くっ、あぶない」


 ものすごい勢いで横薙ぎに襲い来る尻尾を、寸前のところで忍者のように躱したリルヤ。

 彼は先ほどから後ろを狙っているのだが、この三つ首竜は後ろにも目があるのか、はたまた目以外で敵を感知しているのか、一切の隙がない。おかげで背後から切りつけるのも一苦労だ。

 いつもは冷静な彼も、だんだんフラストレーションがたまっていく。


「この死にぞこないめっ! 魂がないんだったら少しおとなしくしろっ!」

「リルヤ、冷静さを失っているぞ。取り乱しては………ん?」


 リルヤが半ばやけくそ気味に大鎌を背中に突き立てたとき、なぜか三つ首竜の動きが一時的に鈍くなった。

 気のせいではなく、明らかに三つ首竜の動きが緩慢になっている。


「おい、リルヤ! 竜の動きが鈍くなってるぞ! 何をした!」

「わからない……けど、なんとなく見えてきたかもしれない。この鎌、グッドホープは暗黒竜の爪で作られている。だから、もしかしたらその効果が表れているのかもしれない」

「暗黒竜の爪だって!? なるほど、それでか!」


 理由は定かではないが、暗黒竜の爪から作られた鎌「グッドホープ」が、三つ首竜の動きに何らかの影響を与えているようだ。

 わずかではあるが、首の再生速度もゆっくりになっている。

 そうと決まれば、やることはただ一つだ。


「エシュ、お前なら言わなくてもわかるとおもうが」

「ああ、桐夜。俺もようやく、勝ち筋が見えた。下拵えはお前に任せる」

「上等っ! リルヤ、お前は死ぬ気で背中を抑えてろ! まずは俺たちが何とかする!」

「オーケー……何とか我慢するよっ!!」


 リルヤはさらに鎌を深く突き立て、「動くな!」という思いをとともに力を籠める。

 直後に彼の背後からしっぽが襲い掛かり、彼の身体を上から叩き潰した。


「……っっ!!」


 リルヤの身体は一度ぺしゃんこになったが、即座に魂を身代わりにして復活し、ひたすら尻尾を無視して鎌を突き立て続ける。


「リルヤ! 巻き込んだら済まん!」

「僕のことは構わないでいいよ! 遠慮しないで!」

「っ! ありがとよっ!!」


 リルヤが攻撃をひきつけている間に、桐夜は稼いだ時間で魂鏡石の魔力をチャージしていた。

 準備にやや時間がかかったが、桐夜は四つの銃身を束ねた状態で、両手で持ったまま三つ首竜の首目がけて弾丸を連射した。


「ズタボロにしてやるぜ!!」


 彼が細工したのは銃身のみならず、発射した弾丸にも備わっていた。

 赤の魂鏡石の「重ね掛け」で射出速度を限界まで強化し、その上黄色の魔力であえて反動を高め、射出時の突貫力を乗算的に加速させる。

 その凄まじさは「ドカン」という暴力的な発砲音がしたときには、すでに敵に命中しているほど。

 だが、流石に無茶な強化を施したせいで、普段は反動などまるで気にならない桐夜ですらも、両手に青の保護魔術をかけてなお数メートル後ろに押し出された。


(腕が痺れる……が、手ごたえはあった!!)


 三つの首に、それぞれ一度に50発もの弾丸が撃ち込まれた。

 打ち込まれたのは徹甲弾だったが、術で内部が榴散弾に変化しており、ちょうど皮膚を突き破ったところで魔術炸薬が景気よく爆発したのだった。


 あまりの威力に、三つ首竜は攻撃に移ることもできず、怯んでしまった。

 そして、その隙を逃すまいと骸骨を被った大男が、低い姿勢のまま硝煙の中を駆けぬけてゆく。


「リルヤ、黄色を狙え! 俺は残りを片付ける!」

「了解っ!!」


 合図とともにリルヤは鎌を背中ら引っこ抜き、ボロボロになった黄色の首を根元から切断する。間髪入れずエシュは、両手に持った槍をぶん回し、残る二つの首に同時に突き刺し、砕いた。


 そう、首は一度落とすと素早く再生するが、落ちる前の回復速度はさほどでもない。

 ゆえに彼らは、あえて首が揃う瞬間を待って、全ての首に均等にダメージを与え、均等のタイミングで撃破することにしたのだ。


 三つの首を同時に砕かれた三つ首竜の死骸は、断末魔をあげることもなく、まるで電池が切れたかのようにぴたりと動かなくなってしまったのだった。


「これは…………勝ったってことで、いいのかな?」

「どうだろうな。俺には判断のしようがないが、少なくとも動く気配はなくなった」

「ったく、ここまで手こずらせてくれたのは久々だぜ。…………で、この竜の死骸は律儀に何を守っていやがった?」


 三人はお互いの無事を確認して何とか一息つくと、神殿の最奥でわずかに光る空間の確認を進めることにした。


 近づいて見て見れば、そこにいたのは何やら大きな卵を抱えた、黒いフードを被った人間(?)だった。


「こんなところに人が……いったいなんで――――痛っ!?」

「げっ、リルヤの手が吹っ飛んだ!?」


 リルヤが青白い光に手を伸ばしたところ、彼の手先が一瞬にして蒸発し、血が飛び出るまでもなく焼き切れた。

 どうやらこの光はとてつもなく強力な防御結界のようだ。

 幸いリルヤはすぐに再生するので、最終的な被害はそこまででもなかったが、このままでは中に入ることはできないだろう…………と、思われたが


「ここに鍵穴がある。おそらく結界の解除装置だ」

「んだよ、驚かせやがって」

「えー、僕は手を吹き飛ばされ損ってこと?」

「迂闊に触れるからだ」


 エシュが鍵穴を見つけたことで、桐夜が鍵を刺して結界を解除した。


 すると、中でじっとしていた黒いフードを被った人間が、卵をその場において立ち上がり、3人の前へゆらりと歩み寄ってきた。


『君たちは……この卵を回収に来たのかい?』

「回収? あ、ああ……そうだった。目的を忘れるところだった」

「お前は護り手か何かか? 随分とリルヤに声が似ているようだが、同種族なのだろうか」

『正しいともいえるし、正しくないともいえる。俺は暗黒竜によって、この空間に幽閉されていたが、ようやく解き放たれる時が来たようだ』

「おいおいおいおい、今度はエシュの声としゃべり方じゃねえか! 一体どうなってる!?」

『俺はἐλπίςエルピス、絶望の災禍にして残されし希望。はっ、その様子だと、お前らは何も知らないらしいな』

「この人……僕たちの声と性格を鏡のように反映しているのか」


 ἐλπίςと名乗った存在はフードを目深に被っており、男とも女とも判別がつかないが、その言葉すらも話しかける相手によって変わるようだった。


『僕は長い間待った。あの竜が絶望を喰らい、全てを逆さまにする災厄と化したことで、己の弱点となるものをこの場に封じ込めた。だが、もし君たちが災厄に立ち向かう意思があるというのなら、この神竜の卵と共に、外に連れ出してほしい』

「絶望……災厄……か。それは聞き捨てならねぇな。それがもし本当だとすれば、俺たちがいる世界の存在そのものが危ねぇ」


 桐夜はすぐに、目の前の存在が語る「絶望」と「災厄」がただならぬものであると感じた。

 かつての世界で、幾多の悪を葬ってきた桐夜でさえ、確実に「出来る」と言うことができない…………それほどの重み。


「わかった……! 俺だけじゃ足りねぇかもしれねぇが、お前の希望、確かに聞き入れた!」

「ふぅん、僕は……どうしようかな?」

「そうだな、こいつを解き放つということは、その「絶望」とやらと敵対する道を選ぶわけだが――――」



「その願いは叶わぬよ。ワシがいる限り、な」


 どこからか、悪意に満ちた老人の声が聞こえた。


「ちっ、誰だっ!!」


 声がした方を桐夜たちが振り返ってみてみると、一人の少年が気味の悪い笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 まるで、嫌いな奴が大切にしている物を見つけ、どうやってボロボロにしてやろうかと企んでいるような…………悪意に満ちた表情で。


 その上少年はただの人間ではなさそうだ。

 そもそも、この時の流れが速い空間を歩けることからして非常識だが、彼の頭には二本の黒い角が、腰からは朱が入った金色という独特な尻尾が生えている。


「ヒッヒッヒッ……封印の解除、ご苦労じゃったなぁ。それらはワシがもらい受けるゆえ、大人しく渡してくれんかのう」


 戦いは、まだ終わっていなかったのだ。

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